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井上靖『孔子』その3
このブログを読んで下さっている私の周囲の方のコメント:
「漢字が多い」
「説教くさい」
「レジメっぽい」
「観音寺らしい」
「生きづらさ系」
「よう分からん」
 …などなど。あたり前の話だけど、人によって感想が違うんですね~。ゴーイング・マイ・ウェイでばく進させていただきます。

さて、今日は前掲書の3回目。

「子(註:孔子)はもう一つ、“信”という字についても、お話をなさいました。
―人間は嘘を言ってはいけない。口から出すことば、なべて本当のこと、真実でなければならぬ。これはこの現世で生きてゆく上での、人間同士の約束、暗々裡の契約である。人間がお互いの言うことを信ずることができて、初めて社会の秩序というものは保たれてゆくのである。
―このように、人間が口から出す言葉というものは、“信ずるもの”であり、“信じられるもの”でなければならない。それ故に“人”という字と、“言”という字が組み合せられて、“信”という字はできているのである」
(281~282ページ)


これはまた厳しい孔子の言葉ですね。
「真実の言葉」なんて、いったいだれが語っているのでしょうか。

本当は利己的な動機なのに、相手に恩を売ったり、いい人を演じたりして言うことってありますよね。
「お前にとっていいと思ってやった」とか「あなたに余計な心配をかけたくなくて」とかとか。
でも、本当は自分の劣等感を晴らすためだったりとか、自分の不安を軽くするためだったりとか、案外そんな動機のこともある。それが「相手のため」「全体のため」などの美名のもと、相手だけではなく自分自身も騙されて酔いしれてしまう。そんな怖さがあるように思います。どこかで人間は自分のことを正当化したいっていう欲望が根強くあるのでしょうね。

たしかベイトソンだったと思いますが、言語のコミュニケーションとメタコミュニケーションのギャップが精神障害の因となるみたいなことを言っていた記憶があります。たとえば親が子どもに「愛している」と口では言っておきながら、実際はまったく面倒を見なかったりとか。子どもがなにを信じていいか分からなくなるんですね。

簡単に言えば、言葉と行動が一致している場合はその人への信頼感が増し、言葉と行動がかけ離れている場合には不信感が増す。分かりやすい話です。

しかし現実には…どうでしょうか。
学校でも会社でも、自分の心とは裏腹なことを言っていかないと、仲間はずれにされるし浮いてしまう。「うまくやっていく」には相手に合せてときには心にもないことを言わないとやっていけない。そんな感じではないでしょうか。

だから、孔子の言葉は非常に厳しいと思います。
大げさな表現ですが、世の人がみんな正直に言い始めたら、社会は崩壊するのではないでしょうか。もっとも、それで新しい社会ができるかもしれませんが…。

とはいえ、追従ばかりして心にもないことをもっぱら話しているようなコミュニケーションというのは、一方でストレスにもなるものだと思います。人は人の間でしか生きていけないとすれば、そのようなコミュニケーションでは当然相手のことを信用できないでしょうから、かなりストレスになる。信頼されない、信頼できないというのはかなりのストレスで、とてもつらいはず。信用できるというのは、心も体も楽だということでしょう。正直では生きられない。かと言って不正直でも生きられない。難しい存在ですね。人間というのは。

言う、言わぬは別として、自分の感情や考えなどを適確に、正直に言葉で表すことっていうのは、とても勇気の要ることだと思います。だれしも自分自身と向き合うのは怖くもあり、きついことでもありますから。しかし、その作業なくして成長もありえないように思います。

また、孔子の言うように、嘘ではなく本音の言葉が飛び交うような社会でなければ、恒久的な平和はあり得ないでしょうね。大量破壊兵器は存在しないのに、アメリカはイラクを攻撃しました。大量破壊兵器は口実(ウソ)であることが明らかになりつつあります。あの戦争でブッシュ政権とつながる軍需・石油産業が潤ったという指摘もあります。彼らが「俺たちの利益のためだ」と言ったところで、内外の支持は得られません。大義名分が必要でした。個人的にはフセインも支持しませんが、一部の人間の利益のためにイラクという地で何万という人が犠牲になったこと、今も人が斃れ死んでいくことに胸が痛みます。

「八正道」という考え方が仏教にあります。
「苦」を消滅させるための八つの正しい道ということですが、その一つに「正語」というのがあります。ウソや二枚舌、悪口、おべっかなどを言わないという意味のようです。なかなかできることではありませんが、自戒したいと思います。

最後に、友人から「一灯庵ってなに?」という質問がありましたが、所以については次回書きますね~。
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【2005/12/01 23:33 】 | 読書日記 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
根津美術館の午後 | ホーム | 井上靖『孔子』その2
コメント
--どっちもどっち--
そんな気がするね~。

正直に言うことで人間関係が円滑になることもあれば
それが原因で、不仲になることもある。

なんか、俺らが一年の時にディベートやった
「ガン告知の是非」
のことも思い出したよ~。

一番良いのは
「ケース・バイ・ケース」の様な気もする。

「嘘も方便」って言い換えられるけれど
そればっかりじゃ~、しんどいね。

真実の言葉とのバランスをどうとるのかなんて
「自分が罪悪感・嫌悪感に駆られない程度」
にまとめられるようにしたいな~。

心のままに正直ってのは
敵も多く作るリスクがあるから
少しは世渡り上手になりたいものだと
俺は思います。
by:HBK | URL | #-【2005/12/02 03:27】 [ 編集] | page top↑
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いや、まさにケースバイケース(^^j) お互いもっと世渡り上手になりたいね…。本当かウソかというよりも、動機が大事なのかもね。同じウソをつくのにも、相手のためにウソをつくなんてこともあるかもしれない。自分を守ることも大切だしね。少なくとも建築会社の方々には正直になってもらいたいものだね…。高い買い物だからね~。「離間の計」や「埋伏の毒」には気をつけて~
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/02 20:12】 [ 編集] | page top↑
--曹操ね~--
たぶん、40になったら迷うこともなくなるんだろうけどね。


それにしても、「離間の計」や「埋伏の毒」なんて
俺にとっては「萌え」な単語です(笑)。


まぁ、GC東陽町の諸葛孔明なので
ハメられることはないと思うし。


日綜は曹操ほど賢くないから
穴だらけの作戦はどんどん晒しちゃいますので
お楽しみに~。
by:HBK | URL | #-【2005/12/03 06:19】 [ 編集] | page top↑
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グーグルで検索するとかなり上位になってきたね。「グランシティ」だけでも1ページ目に出てきたよ。テキは大企業だからどんなアザトイ真似をしてくるか分からないからね。学業と仕事とさらに両立どころか「三立」で大変だね~(^^j) 無理しないように~
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/05 21:28】 [ 編集] | page top↑
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