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2009年、始動。
今更ですが、新年あけましておめでとうございます(^^j)
今年は厳しい年になるようですが、がんばって行きたいですね。
個人的には「再開発」というメッセージを受けました。
なにを意味するのか、徐々に分かっていくことになると思います。


さて、先も見えぬこのような大変な時代に、なにを指針として生きていけばいいのでしょうか?!
私は、「原点に戻る」ことが大切だと思います。
「原点」とは、人はなぜ生きるのか?ということです。


古今東西、多くの偉人、賢人、宗教家などが、この問に答えてきました。
解答は、自分自身で考えるしかありません。


私の場合、父が20年前に逝去してから、死の問題とあわせて、この問題は考えてきざるをえませんでした。
人はいつか死ぬ。そのことを否定する人はだれもいないでしょう。
じゃあ、この世に生まれてくる前はどうしていたの?
そして、この世を去って、どうなるの?
これらの問にも、さまざまな「答え」があります。


私は、どうやら「死後」も意識、すなわち命が続くらしい、という結論です。この結論は、おそらく死ぬまで変わらないでしょう。根拠や論拠がないわけではありませんが、最終的には私自身の内的確信であり、直観です。


宗教家や精神世界の人などが「死後の世界」のことについてさまざま言いますが、「なるほど、そういう風に見えるのか、考えるのか」と受け止めますが、鵜呑みにすることはできません。もちろん論理的、科学的に吟味することも大切ですが、このような問題は論理とは別の判断力が必要になるのだと思います。それが「内的確信」という直観です。それは、客観的に見れば「信仰」という言い方になるのだろうと思います。


私自身の感覚を振り返ってみると、「死後の魂」「死後生」というよりも、むしろ死後に「生命の世界に還っていく」という語感の方がピッタリ来ます。私自身という個性はなくなってもかまわないのですが、なにか、生命の本家本元に帰っていく、という圧倒的な感じがあります。それは懐かしい感じです。


じゃあ一体なにしにこの世に生まれて来ているのか、ということになるのですが、「愛することがすべて」という、これも圧倒的な感じがあります。一日一日、十分に愛を表現して生きていけば、充実感のようなものがあるのではないか、と思います。


『生きがいの創造』シリーズで有名な飯田史彦氏は、生まれてくる前にさまざま自分自身に試練という試験問題を課す。そのときに、「愛ある選択」ができるかどうかが試されている、なんてことを仰っています。この考えには、賛成しています。一瞬一瞬、愛ある選択をして生きているか。私自身の大きなテーマになっています。けっこう大変な課題ですけどね。


今、地球上には何十億の人間が暮らしていますが、もし仮にこの何十億の人全員が「愛ある選択」をすることができたのなら、世界の抱えている問題はおそらくあっという間に解決していくでしょう。常に解決と解答はすぐそばにあるのだと思います。あとは人類の選択次第ですね。


永遠の命と愛、ということを基点にして経済でも社会でも身近なことでも考えていったときに、必然的に「ありよう」といういうのは浮かび上がってくるはず。現在の八方ふさがりの状況は、もとはと言えば人間の私利私欲の追求の果てにあるわけですから、それを逆転させればいい。そうすれば、貧富の差も吹き飛ばすほどの共存共栄の道が、今以上の富の世界が顕れてくると思います。


今年は、私としては「原点回帰」と、それに基づいた「再開発」。
この2つがテーマです。
どうか人類がこの苦境と難局をいい形で乗り越えていけますように。
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【2009/01/12 23:10 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
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