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2012年になにかがおこる? <その4>
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日本における、よき「ヘミシンク」の紹介者であられる坂本政道氏が、新刊を出した。
『楽園実現か 天変地異か 2012年に何が起こるか』という本である。山川健一氏が編集長を務める、アメーバブックス新社から出ている。山川氏のミクシイ日記で知った。両氏は高校時代の学友らしい。


最近の書店の精神世界コーナーでは、ますます「2012年」モノが増えてきている。関心が意外に高いのだろう。しかし、この手の本は玉石混交というのが実情で、自分で手にとって、その是非や信憑性を判断していくしかない。


その意味で、この本は良書であると私は思っている。内容としては、ヘミシンクによって著者が知ったことを紹介しているものであるが、人類の由来やこれからの未来など、示唆に富む内容になっている。


坂本氏そのものは、もともとバリバリのエンジニアだったということで、そういう意味では科学の世界にどっぷり浸かっていたはずの人である。そのこともあってか、私の印象としてはけっこう慎重にモノを書いているし、自身の経験している内容についても理性的に熟考しているように思える。


しかし、本書で触れられている宇宙の別の知的生命体の話など、今の世間的な「常識」では、荒唐無稽と受け止められる内容だろう。


私自身としては、違和感はない。かと言って坂本氏が言っていることを全面的に信じているわけではないが、あり得べき話として受け止めている。


詳細は本書に譲るとして、要は2012年である。別稿で「アセンション」という言葉でも紹介したが、人類が精神的に急激な変化を遂げることはもはや前提である。坂本氏のみならず、他の2012年論者同様、人口がかなり減るということでは共通している。今回の本では、その道筋の過程が少し明らかになっている。


簡単に言えば、これからかなりの人が死んでいく。天災か人災か、それは分からない。おそらくどちらもある。そんな時代の前触れとして、「死は恐れるものではない」という知見が広まっていく。


これはまさにそうだろう。そういう意味で、この国では江原啓之氏の活躍は論を俟たないだろう。『天国からの手紙』『オーラの泉』など、テレビを通してそのメッセージは大きな影響を与えているといえるだろう。生まれ変わりを繰り返して人はなにを目指しているのか? 彼はその答えをも明快に与えている。


江原氏のその考えの内容は、ここでは詳述しないが、私としてはかなり納得している。その内容は古今東西の聖賢や先師たちが言ってきた内容と大差ない。端的に言えば、それは人間の精神的な面での成長である。「アセンション」とは、それが集合的に現象として生じることなのだろう。


前回(第3回)の記事で、私が見たビジョンについて少し触れたが、地球の映像とその影の意味がはっきりした。それは「夜明けが来た」ということだ。喜ばしい限りで、悲しむことは何一つとしてない。


人類にとって驚くべき発見の一つは、一人一人が神であるという事実である。控えめに言って、神の子、あるいは神の分身である。斉藤一人氏や山川紘矢氏がときどきこのように言う。神社のご神体として祀られている鏡に映るのは誰ですか? そこに神様がいます。つまり自分自身だということだ。


このことは、私たちがたった一回だけの生だけに閉じ込められている、卑小な存在ではないということだ。つまり、「永遠の生」と共にあるということ。


これも先日得たインスピレーション。
世界の中心は「Love & Peace」である。それが真実の姿であるのだけれども、そのことが真実であることを認識し、体験するために、この娑婆世界に生まれてくる。この娑婆世界は相対世界。つねに相反するものの中にいることを義務付けられている世界。光と闇。愛と憎しみ。暖かさと冷たさ……。明るい昼間の青空では、星の光は埋没して見ることができない。しかし、夜になって闇が覆うと、そこにあったはずの星の光を初めて認めることができる。本当は昼も夜もそこに星は輝いていたのだ。けれども暗くならないと光っていたことが分からない。そんな世界だというのだ。


だから、憎しみの中で愛を知る。恨みの中で許すことを知る。孤独の中で暖かさを感じる。疲れの中で癒しを知る。醜さの中で美しさを知る。苦悩の中で平和を知る。悲惨の中で喜びを知る。そういう風にできている。「知る」という言葉は「学ぶ」でもいいし、「その価値を体験する」でもいいのだろう。


これから「Love & Peace」の世界が覆うようになってくる。それを受け入れていけばいい。それは恐れや不安を投げ出すこと。宇宙に身を任せることだと。


庭野日敬氏が解説する法華経の教えからは、とても大切なことを数々学ばせていただいたが、どのようにすれば平和な心の世界を現出させていけるのかという方法論(「行」)などについては、また稿を改めたい。簡単に言えば、その一つは、相手の仏性をひたすら拝むという「仏性礼拝行」なのだが、さきほどの記事にひきつけて言えば、その行によって相手と自分の仏性を磨きだしていくのである。それこそはまさに「神」の顕現に他ならないのであり、そのことを通して、またわれわれが「神」であることが証明されていくのだ。

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【2008/06/09 22:42 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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