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9・11の意味するもの
あのアメリカの同時多発テロから5年。アメリカでは追悼行事が営まれている。犠牲者には哀悼の意を捧げたい。

あの事件はなんだったのか。それを改めて考えている。

衝撃的な本を読んだ。ベンジャミン・フルフォード著『9・11テロ捏造 日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ』(徳間書店)という本である。あるサイトでこの本のことを知った。

9・11陰謀説というのは、以前耳にしたことはあったが、本気で考えようとは思わなかった。陰謀としてはあまりにも無理があるのではないかと思っていたからだ。しかし、この本を読んで、考え方が180度変わった。偶発的な「事件」として考える方が無理があるように思えてきた。

黒幕は、軍産複合体及び現政権の幹部、また、それとかかわりのある企業、ということである。これには残念ながら説得力はある。アメリカの軍産複合体の影響力の大きさというのは、相当なものであるようだ。ケネディ暗殺の黒幕とも言われている。軍事行動の発動で、経済効果の恩恵を受ける企業群がある。いわばアメリカにとっての巨大な「公共事業」なのだ。

軍事行動を起こすには、それなりの大義名分と敵が必要である。つまり、9・11が21世紀アメリカにとっての「真珠湾」だった、ということだ。

旧日本軍の真珠湾攻撃について、アメリカ当局が事前に察知していたことが、あちこちで言われ始めている。挑発や謀略によって戦争の口実を設けることは、いわばアメリカの「お家芸」なのだ。

かのビンラディン率いる「テロ集団」・アルカイダさえ、アフガニスタンにおける対ソ連ゲリラ支援のためにCIAが肝煎りで作った組織だという。ビンラディンとブッシュ家のつながりを示す指摘は他でもいくつかなされている。つまり、アメリカに「ファシスト」「共産主義者」「独裁者」などと作り出されてきた「敵」の延長上に、「テロリスト」が創出された、ということに他ならない。

9・11の結果、アメリカの軍事関連予算は急伸した。クリントン政権の軍事関連予算削減の「揺り戻し」と見る方が妥当だろう。

飛行機の衝突であれだけのビルは普通、倒壊しないらしい。倒壊した瞬間を写したコマ割り写真に、衝突と関係のないところから爆発を起こしているところが写っている。爆発物が事前にしかけられていたといわれている。その他不審な点を挙げると枚挙に暇ないので、詳細は本書に譲りたい。

また、9・11のみならず、ネオコンやアメリカ財閥の持つ優生思想が、有色人種対象の兵器開発を支えているという指摘も本書にはある。劣化ウラン弾の使用は端的なものではあるが、なんとSARSウイルスも米国製だという。アメリカと関係の深いイスラエルは、アラブ人対象の生物兵器開発を試みたこともあるという。ユダヤ人とアラブ人の遺伝構造が意外に近く、アラブ人の遺伝子に特定した生物兵器を作ることが困難だったとか。

どこまでその記事が信憑性があるかは、むろん分からない。しかし、荒唐無稽だと一笑に付すことの出来ないモノはたしかに残る。

先日、同時多発テロで家族を亡くした遺族のことを、NHKで特集している番組を見た。その遺族は、自分たちの犠牲でもって戦争を正当化して欲しくない、報復はしないでほしい、戦争はやめようと訴える運動をしてきた。ところが、その遺族に対する社会的な非難の嵐がものすごかったという。嫌がらせの電話や、不審人物が家に侵入してこようとしたこともあったという。家族の安全を守れないと思い、その人は結局その運動から離脱した。

9・11後、戦争に反対する高校生が学校を退学処分になるなどして、自由にモノが言える雰囲気ではなくなってきているという。あの「自由の国」アメリカで、だ。戦争に反対し、政府を批判しようものなら、「非国民」「愛国者ではない」「テロリストの味方」などのレッテルが貼られるという。これが現代民主主義社会の現実である。その本堂とも言うべきアメリカでこの状態である。

大手マスコミが支配されていることも有名である。当局はネットへの干渉も強めようとしている。「正しい情報」は自分で判断するしかないというのが現状だ。

テロに遭ったアメリカ人遺族が、米軍の空爆によって犠牲となったアフガニスタンの遺族のもとを番組の中で訪れている。家は破壊され、子どもを含めた家族が虐殺された。その米国人はアフガニスタンの遺族と抱き合って泣いていた。いったいなんのための戦争なのか、と。


軍産複合体とは言え、やはり人間のやることである。貴賎を問わず、自分のしたこと、考えたこと、感じたことはやがて自分に返ってくる。その責任はいかに壁を高くして安眠を貪っていたとしても免れられるものではあるまい。私の身近な世界で平和を実現していくこと。平和を念じて祈ること。思いを同じくしている人たちとつながっていくこと。今の私にはそれしか思い浮かばない。

また、マスコミに踊らされず、自分で情報を吟味し、取捨選択し、判断することを大切にしたい。短絡的で、安易な発想には決して陥らないようにしたい。なんでもいいから戦争を始めれば政府の支持率が上昇する。そんなアメリカ社会のようにはなりたくない。

9・11の意味するもの。それは自分の力に余る、とてつもなく大きな壁かもしれない。しかし私は、私自身の目を明らかにしていくことによって、澄んだ瞳で「その先」を見据えられるようにしたい。

そうでもしなければ、今まで、そして今も犠牲になっている仏さんたちが浮かばれないというものだ。一人の日本人として、かつての日本人の大量の犠牲者を「犬死」させたくはない。また、日本人によって犠牲になった人々の命をも。日々の修行しかありませんね。今の日本の平和には感謝して余りあるものがあるが、そこに胡坐をかいていてはいけないと自戒、自戒。


これは先日咲いた「月下美人」です。一晩だけしか咲かないんですよね…。すごく濃厚な香りがしました。透き通るような白い花弁に、なんか打たれるものがありました。誰の人の胸にも、こんな美しい花が宿っていることを信じたいですね。

20060912011326.jpg

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【2006/09/12 00:09 】 | 未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | page top↑
航海日記② | ホーム | 8月6日、合掌。
コメント
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読みました。
月下美人、良い写真だね。
綺麗だ。


いろいろ考えて、一言では言えないなと思った。
あまりに簡単に言うには、根が深すぎる問題。
私自身があまりその手の情報を収集していないせいもあるとは思う。
これを読んで即座に反応はできないなと思った。

こういう話って、良く聞く。
「被害者」のふりして実は「起こした張本人」だったとかね。

どれが本当かは正直分からないけれど、一部では早くから言われていた。
「アメリカ陰謀説」。
信憑性はかなりあるなと思うけれど。
陰謀説にもいろんな説があるけれど。

こういう人達が訴えているのって、結局「無駄な犠牲はなくそう」と言う事なんだと思う。
とても簡単なことのはずなのに、それが国と国同士になるとなかんかできない。
多大な権力・利権が絡むとどうしても犠牲が出、嘘か真か分からない事に振り回される。

本来はもっとシンプルなもののはずなのに。

観音寺さんが読んだ本が本当ならば、嫌だと思う。
犠牲になった人はどうなるの?と。
自分が住み、信頼してきた自国に殺されたという事でしょう。
イラクの人は?
細々と生活している民間人がいつも嫌なカードをひく。

長い歴史の中で、人は確実に賢くなっている。
どうしてそれを上手く使わないんだろうと思う。
姑息な手段で使うんじゃなくてさ。

歴史の中で学ぶ事はすごく多い
それはいろいろな犠牲があって学んだ事。
まだそれをしなくちゃいけないのかな?
誰かが言っていた。
「歴史はゆるやかに円を描きながら少しずつ上昇していく」
と。
まだその過渡期なのかな。
そう達観しちゃって良いのかな。

一人一人が慎重に、眼を開いて物事を見定め、発信していくことが大事なのかもしれない。

長いようで短い5年。
それでも意識は少しずつ変わっていると信じたいな。

相変わらず言葉が下手で申し訳ない。
誤解がなく伝わっていれば良いのだけれど。
by:ねむりねこ | URL | #-【2006/09/12 14:43】 [ 編集] | page top↑
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コメントありがとね。

思ったことは、やはり権力とか利権とかって、そうとう魅力があるものなんだろうなってこと。もし仮に、私が権力者の立場にあったときに、さまざまな誘惑に勝てるかって言うと正直自信ない。自分の決断で何千億ももうかるのかと思うと、目がくらむよね。

自信過剰にもなると思うんだ。自分は優秀で、努力しないやつが悪い。そんな風に思っちゃうんじゃないかな。

だから、下々の人間の痛みなんて想像もつかなくなるし、興味もなくなってくると思うんだ。人間って恐いよね。そういう魔物が住んでいると思うんだ。

そうやって悲劇を何回も何回も繰り返して、ねむりねこさんが言うように、少しずつ良くなっていくのかもしれない。

欲望に振り回されて自分も他の人も大事なことも見失っちゃう存在。いやなことも忘れて教訓にできず、また同じ悲劇を繰り返してしまう存在。愚かだよね…。

9・11が自作自演だったっていうことが証明されても、「やっぱり」っていう感じだよ。あまり表に出てこないけど、アメリカは今まで相当他国で汚いことをしてきたからね。

でもさ、フランスもイギリスも似たようなもんだなって思う。結局「人権」も「民主主義」も、自国内のことであって、他国-とりわけ有色人種の国には、相当ひどいことやってきているからね。第二次世界大戦後もだよ! 

ねむりねこさんもご存じの通り、今は仏教に興味を持っているんだけど、その思想から説明できることが多くて納得してるよ。白豪主義って言ったって「増上慢」だからね。軍産複合体のしていることも「貪欲」。振り回されてる国民は「怒」と「無知」。仏教で言う身を滅ぼす三毒ってことになる。この混沌とした娑婆世界でどのように心の平和をもたらすかっていう思想と方法論を参考にさせてもらっているよ。

でもね、確かにアメリカはひどい状況だけれども、このままじゃいけないって言って、変えていこうとしている人もアメリカにはいるらしい。それは心強いよね。

今、この日本は「戦争のできる国」に急旋回しようとしている。なんとか食い止めたいね。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2006/09/13 13:23】 [ 編集] | page top↑
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私個人の考え方としてあるものは-
「自分の器以上の事をしない方が良い」。
こう書いたからと言って、状況に応じてそうならざるを得ない部分はあるとは思うのだけれど。

器以上の事をしてしまうと、どうしても歪みが生じる。
それがもしかしたら、観音寺さんの言う所の「権力」への魅力なのかもしれない。
本当に他人の為に何かをしようとする時、そうそう間違いは生じないと思うから。

権力的魅力が強すぎて行動すると、どうしても独裁的になりやすいし、他者に犠牲をしいたものになり易いと思っている。
ニュースに触れたりするたびに、そう思う。

閑話休題

最近、嫌な話が多い。
どうしてこんなになっちゃっているんだろう?
って思うけれど、ゆっくりでもいい、間違いを犯してでもいいから、ゆっくり螺旋を描きながら良いほうに向かっていって欲しいと願う。
それは世代を超えた他者との会話が不可欠なように思う。
他者は自分の知らない世界を、自らの経験を通して教えてくれるものだから。


「戦争をしない国・日本」の在り方が好きなのだけれど、米軍基地駐屯などを考えるとどうなのだろうと思う。
日本は自国の軍隊を持たない、だからアメリカに依拠しているのだけれど、、果たしてそんな状況で、アメリカに言いたい事が言えるのかと。
最も、アメリカが実際守ってくれるようには到底思えないし、アメリカに物を言える政治家が現時点でいるとはあまり思えないけれど。

北朝鮮の脅威など、他国との関係を考えたとき、果たしてこのままでよいのかな~とも思う。
核も持っていないしね。
(持つことが良いことかは置いておいてね)

そうしたら、果たしてどうやってこの国を守れば良いのかなとも。

きっと観音寺さんはこれに対する回答も用意していると思うので、教えてくれると嬉しいな。

「無抵抗主義」にはやはりちょっと抵抗がある。
「やったらやり返せ」ではないけれど、せめて自国を守れる位の力は必要なようにも思う。
今の世の中、自分で自分を守る力(「外」に対してだけでなく、自らの内側に対してという意味も含めて)を持っていないときついと思うから。

ただ、イラクに自衛隊が派遣された事は今もって納得できないのだけれど。

by:ねむりねこ | URL | #-【2006/09/14 08:04】 [ 編集] | page top↑
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いろんな職場を見てきたけど、職場なんて言う小さな世界でもさ、役職に就いたり管理職になったりすると、その人のそういう本質みたいのが出てくるよね。いわば職場の中とはいえ、「強者」になるわけじゃない? そのときさ、その人が実は口だけだとか、威張りたがり屋だとか、責任感があるとかないとか、露骨に出てくる。だから、権力のあるところに立つときには、よほど人間ができていないと、その集団に悪影響を与えることが多いよね。権力のある地位に立ったとき、よほど自己反省能力は身につけておかないとね。自分も教師のはしくれだから、それには気をつけないと、と思っている。反面教師にしかならない教師って最悪でしょ(笑)

そう、他者との対話は必要だね。それによって世界が広がる。他者の体験を我がものとすることができる。そうして、悲劇を無駄に繰り返さずに、これからどうしていけばいいか未来につなげていける。それが教科で言うと社会科に科せられていると思うんだよね。

ねむりねこさんの言うように、米軍は米軍を守ることはあっても、日本は守らない。それは当然だと思う。また、アメリカにもものを言える関係ではない。アメリカに経済制裁くらったら、日本はオシマイだからね。アメリカも打撃を受けるけど、結局あの国は農業国だから、飢えることはない。日本は自給率4割を切るくらいだから、すぐに飢えるからどうしようもないね。経済的な打撃以上に、そのことの方が大きいかな。

虎狼のひしめく国際社会で、どうやって自国を守っていけるのか、難しい問題だね。現状では、残念ながら武力の優位に立つことで戦争が抑止されているっていうのはあると思うよ。日本は他国を責めることはなかったとしても、逆の可能性は捨てきれない。相手が強いから攻められないっていうのが、悲しいことだけど現実の平和を作り出している。

でも、あくまでもそれは次善の策だよね。力関係が逆転すればいつ攻め込まれるか分からないし、かつての日本みたいに追い込まれて武力差があるにもかかわらず攻めてくることもあるからね。

人類の精神レベルが上がるまでは、武力を持ちながら他国を攻撃しないっていうことしかないと思うんだ。そのうち軍事力が不要な精神レベルに達すれば、必然的に軍事産業や予算は別の方向に転換すると思う。

問題はどうすれば精神レベルが上がっていくのかっていうことだけどね。これは、個々人の努力が基本にはなると思う。
でもね、昨日の「オーラの泉」でやっていたように、格闘家の前田日明がそれまでの修羅の人生をやめて、これからはどうしたらいい世の中になっていくかという使命を負わされているみたいな話がテレビとかでやると、影響力はあるよね。そうだ、戦いではなく、平和が大切なんだよねって。

そうやってじわじわと変わっていけば、自ずと国家予算のあり方から政治家の選び方に至るまで、変わっていくと思うんだ。

そのときは私もねむりねこさんも「この世」にはいないかもしれないけどね(^^j) 気の長い話だと思うよ。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2006/09/14 16:04】 [ 編集] | page top↑
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気が遠くなってきた・・・・(笑
遠い目しそうだよ、ほんと。

武力を持つのが次善の策でしかないのは良く分かるな。
そうなんだよね、うん。

「平和」を唱える時、何処までのレベルでの平和なのか最近思うよ。
地球規模か、国レベルなのか。
おれいよって平和の在り方は大幅に変わるよね。

なんとかならんもんかね~と思うよ。
政治と国民がすごく離れている状態。
「国民あっての政治だろう」と私は思っているのだけれど、それが逆転しているような気がしてしようがないよ。

予算・・そうね、予算があるからね。
軍事に活かせるだけの「予算」がさ。
何だかんだ言って、まだ平和って事なのかねとも思う。
いっそ地球規模での大幅な危機でもないと、駄目なのかなって思うけれど。

う~ん、気の遠くなる話だ
by:ねむりねこ | URL | #-【2006/09/14 19:15】 [ 編集] | page top↑
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平和は個人から始まると思っているよ。まずは自分の心をいかに平和に保つかっていうことね。これってかなり難しいでしょ? 羨んだり憎んだり、不安に駆られたり。でも、自分の心を治めれば、次第に周りの家族や友人、職場にも、平和が伝染していくと思うんだ。蝋燭を一本一本灯していくような地道な作業なんだけど、それがいちばん確実なような気がしているよ。もちろん社会的な活動も大切だと思うけどね。平和運動していて、とても心の中が平和ではない人を見ていると、なんか矛盾を感じるんだよ。

国の政治家を見れば、その国民レベルが分かるってよく言うけど、政治があまりよくないのは、選出する国民のレベルがそこまでだっていうことだもんね。だから政治家にはあまり期待していないんだ。そういう意味で、教育に携わっていることはやりがいを感じているよ。

予算もね。別言すると、お金や予算をどう使うかで、その国民の性質が分かるっていう感じだね。

300年計画です(笑)
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2006/09/15 10:39】 [ 編集] | page top↑
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