スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 | page top↑
ディケンズ『二都物語・クリスマスキャロル』
今日は満月がきれいですね。今朝も6時台でしたがまだ満月が出ていて、西の空に沈んでいくところでした。

月の青い光が好きです。月の光で写した写真とか、とても好きです。静けさと、独特の澄んだ感じがいいです。

もう2月も半ばですが、やや寒さはやわらいだでしょうか。
旧暦では太陽暦2月は正月に当たるようですが、旧暦の方がなんとなくしっくりとくるように思います。太陽暦1月の後半に寒さのピークを迎えて、旧暦正月を迎える。いかにも死と再生、という感じがしますよね。太陽暦への切り替えは明治期でしょうが、そう考えると、明治というのは相当劇的にいろんなことを変えたということが分かります。


さて、久しぶりの読書日記です。

初めてディケンズを読みました。河出書房の昔の文学全集版です。この本はいただいた物ですが、それにしても、最近はこの手の文学全集も安くなりましたね。ブックオフあたりだとそれこそ二束三文です。ブックオフのような古書の量販店が拡大していくことは、私としては嬉しくも思いますが、今までやってこられた古書店の方々にとっては災難ですよね。複雑な気分です。

『二都物語』も『クリスマスキャロル』も19世紀半ば頃の作品です。ディケンズは英国人です。
『クリスマスキャロル』の方が有名ですかね。巻末の解説によると、『二都物語』の評価はそれほど高くないようです。

しかし、わたしにとっては、『二都物語』はなかなか面白い作品でした。『クリスマスキャロル』よりもよかったです。

作品の舞台は18世紀末のフランス革命。革命期のフランスの様子も案外よく書けているように思いました。

フランス革命というとまるで人類の黎明、近代社会の確立のようなイメージで語られる節もありますが、その後のフランスのやってきたこと―とくに海外での植民地支配など―を見ていると、いかに彼らの言う「人権」が怪しいものだったかと言わざるを得ません。後で分かったのですが、彼らの言う「人間」というのは、欧米人限定だったようですね。

それはともかく―革命前の貴族・領主の圧制(日本では類を見ない)と、革命中の民衆の暴力というものについては、当時の作品としては、リアリティがあったように思います。

英国に亡命してきた良心的なフランスの貴族の末裔が、故国の執事(だったと思う)の危機を聞くに及んで、彼を救わんがためにフランスに戻る。しかし、貴族ということで民衆に捕らえられ、獄に繋がれてしまう。まもなく断頭台へ送り込まれようという危機に瀕して、彼の友人である人物が奇策を巡らせて救おうとする…まあそんなストーリーです。

その友人というのは、法律家なんですね。その貴族の裁判に弁護側として手伝ったのが縁だったのです。その法律家は貴族の妻君を愛していました。それ故に、夫を救おうとしたところもあったようです。

その法律家はシドニー・カートンという名前なのですが、仕事はできるけれども放蕩者で、毎晩浴びるように酒を飲んでは遊んで暮らしていました。富と名声はあったのですね。

一緒に亡命貴族を救おうとしていた同志に、人望の厚い老紳士がいました。シドニー・カートンは、その老紳士と話していて、自分の老後を考えてしまう。自分にはなにも残らない。残せない。

彼は未明のパリの街をさまよい歩きます。カートンの心には、聖書の一節がリフレインしている。

「イエスのたまいけるは、われはよみがえりなり、生命なり。われを信ずる者は死ぬるとも生くべし。すべて生きてわれを信ずる者は、いつまでも死ぬることなし」
(ヨハネによる福音書 第11章25~26節)


古い訳書なので思いっきり文語体なのですが(^^j)

だんだんと夜が明けていきます。セーヌ川の流れをじっと見つめていたシドニー・カートンは、やがて決意します。自分がその亡命貴族の身代わりとなって、彼とその一家を救おうと。亡命貴族にはまだ幼い子どももいましたし、老いた義父もいました。

断頭台へと向かっていく荷車の中で、やはり無実の罪で処刑を宣告されている一人の少女と、彼はつかの間の会話を交わします。短い間に、二人は心の底から信頼しあうようになります。二人は固く手を握りしめあいながら、断頭台へと消えていきます。

荒削りではありますが、私はなかなか美しいお話だと思いました。

印象に残ったのは、シドニー・カートンの改悛の朝の場面です。このシーンを題材にして、私も今度なにか書けたらいいな、と思っています。人間の孤独と希望とが、典型として描かれているような気がしますが、それはそれで感動しました。

『クリスマス・キャロル』もテーマとしては似ているものがありますが、欧米の文学に、キリスト教の精神が根強く息づいていることに改めて驚かされました。日本ではそこまで信仰をテーマとした(ベースにした?)長編ってあまり見かけないように思いますが。遠藤周作さんの『深い河』なんていうのもありますけどね。

文学の世界での評価はともかく、私としては『二都物語』はなかなか読みごたえのある作品でした。『クリスマス・キャロル』は、あんまり…でしたが。


ちなみに、引用されている聖書の一節について。

聖書を読んでいて、その独特の意味があるのだな、ということを知りました。
それは、生きる、死ぬ、という言葉が、肉体の生とか死とか言っているのではないのだな、ということ。正統の解釈は他にあるのでしょうが、私はそう感じました。魂が、本当の意味で生きているのか死んでいるのか。そういうことなのだろうと思います。
肉体の死とか生とかはほとんど問題にしていないのですね。

スポンサーサイト
【2006/02/13 19:02 】 | 読書日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
坂本政道 『死後体験』・『SUPER LOVE』 | ホーム | ようやく…
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
| home |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。