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腰越を歩く
100521_1843~01




腰越の旧い街道を歩いていた。


その昔、日蓮上人はこの道を刑場に向かって歩いていた。


龍ノ口の刑場で、日蓮上人は斬られることになっていた。



イエスはゴルゴダへ向かって、どんな思いで歩いたのだろうか。


重い十字架を背負いながら。


腰越の街道を歩いた日蓮上人と重なった。



日蓮上人は、斬られなかった。


江ノ島の方面から、二つのまばゆい光が飛来し、処刑人の目がくらんだ。


伝承はそのように伝えている。


上人には、堅く熱烈な信仰があった。


そして、神仏が上人を守った。


私はそう思っている。



その跡地に立つ龍口寺の境内に、処刑失敗後に閉じこめられていたという「御霊窟」の前に立った。


直径3メートルにも満たないその薄暗く狭い小窟の中で、上人は何を思ったのだろうか。


信念と信仰。


そして感謝の思い。


上人にとっての命は、すでに自分のものでなく、自分がどうするものでもなく、ただひとえに仏にお預けされていたのだろう。



先の見えない時代である。


…いや、先は見えている。


この資本主義のシステムは崩壊する。


ギリシアの騒動は、日本の近未来になる。


すでに国家財政は破綻している。


インフレとあいまって、食料が手に入らず、混乱や暴動が起こり得る。


国内の疲弊をよそに、一方で日本の対外資産は世界一である。


誰が資産を持っているのか?


そもそも誰の資産なのか?


資本主義という機械はいずれ自滅する。



来るべき世界に向けて、固く信念を持とう。


神仏に任せ、正しい道を歩もう。


そうやって現世の荒波を超えていこう。



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【2010/05/28 22:52 】 | 旅日記 | トラックバック(0) | page top↑
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