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玄田有史編『希望学』(中公新書ラクレ)
先日、玄田有史氏の話を聞く機会があった。


玄田氏は、東大の先生であるが、「希望学」というプロジェクトに中心的に携わっておられる。


今回の講演も、その「希望学」中心の内容だった。



「失われた十年」以降、この日本社会では「希望」という言葉が頻出するようになったが、それは、逆に希望を見出せない、閉塞した社会状況を反映しているのではないか。


そう著者は言う。


たしかに、先の見通しの暗い時代である。


通勤電車の人身事故も、「またか」という感じだ。


そのままなにもなかったかのように、電車は動きだし、社会は廻っていく。



同書は、精神論ではなく、社会調査をもとにした分析結果をまとめたものである。


冷静で客観的なスタンスを保っている。


興味深かったのは、「過去に挫折の経験があった人の方が、将来に希望を持ちやすい」ということだ。


さらに、「友達が多い人」も「希望を持ちやすい」のだそうである。



玄田氏も言っておられたが、希望の多くは失望に変わる。


しかし、その失望から、本当の希望が生まれる。



その講演で、玄田氏は、希望学によって希望を持てるようになったのは、まさに自分自身だ、とおっしゃっていた。


たしかに、根のまじめそうな方で、けっこう精神的にはしんどいものを抱えていそうだな、と感じた。


私にとって希望とは何だろうか?


あらためて考えてみると、私の場合、生も死も含めた人生観、生命観にあるような気がする。


たぶん、この先も絶望することはない。


へこむことはあっても。


本当にありがたいことだと思う。




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【2010/02/19 22:05 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
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