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人生の終わりの時・その3
いよいよ寒くなってきましたね。
冬の朝は起きるのがつらいですね…。しかし、冬は嫌いではありません。冬には自然の壮大さを感じることができるからです。


職場からの帰り道。

暗い夜空を見上げると北斗七星やオリオン座がはっきりと見えます。寒いとよけいくっきりと見えるようですね。


また、朝夕の富士山。

朝の富士山は、お日様が昇ってくると徐々にその輪郭をはっきりさせながら、富士山の雪の白さを照り返してくれます。

一方の夕方。日が沈んでいくにつれて赤く染まっていた西空が濃紺の帳を下ろしてくると、富士山から丹沢の至る山々の稜線がさらにその藍色を濃くしていき、やがて夜の闇と一つになっていきます。


冬の海。

夏の間は喧噪に揉まれて落ち着きを失くしていた湘南の海も、冬になるとひっそりとその清澄さを呼び戻します。

鎌倉の稲村ガ崎から見える冬の景色が好きでした。海底の岩礁が見通せるほどのエメラルド・グリーンで彩られた海が広がっています。空には雲一つなく、富士山から箱根、伊豆の山々が見渡せます。たまに大島まで見えることがあります。


冬の厳しい寒さが自然の美を際立たせるというのは、示唆的でもありますね。人もその厳しい試練に耐えているとき、美しく見えるものなのかもしれません。

20051209185038.jpg

稲村ガ崎から見た江ノ島(2004)


さて、前回はロスのことを書きました。
今日の話題は「臨死体験」です。
英語ではNear Death Experienceと言います。

定義としては、「事故や病気などで死にかかった人が、九死に一生を得て意識を回復したときに語る、不思議なイメージ体験」(立花隆)ということになります。

研究の発祥は、例によってアメリカです。1970年代から取り上げられてきたようです。

それにしても、アメリカという国は不思議な国ですね。
科学文明、物質文明の最先端の国でありながら、この手の(?)研究にも積極的です。

もっとも、そうであるからこそ、物質文明がもたらす矛盾や限界にも敏感なのかもしれません。かの国の進取の気象に富んだ国民性もあるのでしょうが、精神的世界への飢餓感というのも相当にあるのではないでしょうか。

臨死体験というのは、科学文明の産物であるということもできます。
と言うのは、それまでの医療技術では死に至っていたケースでも、技術の進歩によって蘇生するケースが増えてきた結果、「臨死体験」を語る患者が続出することになったからです。

現在、アメリカを中心に臨死体験を科学的に検証しようとしている学術団体があり、国際的な学会にもなっています。
日本では1990年代に、アメリカか「輸入」される形で注目を集めるようになってきたようです。

「死の世界」から帰還した彼らがいったいどんな世界を見てきたのでしょうか。
その内容については次回書きたいと思います。
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【2005/12/09 18:35 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
人生の終わりの時・その4 | ホーム | 人生の終わりの時・その2
コメント
--帰還?生還??--
うーん。。。どっちの方がしっくりくるかな~?

確かに、科学・医療の発達によって
「死」を避けられたケースは増えてるね。

観音寺さんは違うけれど
最近「臨死体験」=「トリップの一種」
みたいに、勘違いしちゃう連中が多くて

安易に生命の危機に瀕することを
やりたがる連中に、ちょっとウンザリしてます。

次回の記事を読んで少しでも考え直してくれりゃ
儲けものなんだけどな~。
by:HBK | URL | #-【2005/12/11 04:23】 [ 編集] | page top↑
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前にそんな映画があったよ。タイトルは忘れたけど、臨死体験をドラッグみたいにして楽しんでいるんだ。ちょっと閉口したよ。

現実逃避として使われる危険性は、たしかにあるよね。体験から受ける変化っていうのは、その真逆の方向性になっていくんだけど。今度詳述します。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/13 06:54】 [ 編集] | page top↑
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「共依存」にその傾向は見られるね。
「共依存」の場合共通しているのは

「生還」するスリルを楽しんでいる(無意識にだけど)
「臨死依存」なんて聞いたことはないけれど
自傷行為のギリギリって考えると納得できるね。

「体験から受ける変化」楽しみにしてます。
by:HBK | URL | #-【2005/12/14 01:26】 [ 編集] | page top↑
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自傷行為との類似性はあると思います。
どちらも「生きている」という実感を求めているという点、現実逃避傾向であるということなど。

いずれにせよ、今の日常の世界に「生きている実感」を求めていく意外に道はない、っていうこともね…。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/15 23:43】 [ 編集] | page top↑
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