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人生の終わりの時・その2
さて、否応なく死に向き合わされた私でしたが、自ら考えたり、本を読んだり、宗教に足を踏み入れたりと、どのように「死」を受け止めたらしいのか、頭を悩ませる日々が続きました。

その過程で、ある本に出会いました。
エリザベス・キュブラー・ロスという人の書いた、『死ぬ瞬間』というシリーズです。

ロスは、アメリカの精神科医です。たしかスイス系アメリカ人だったかと思います。たとえば末期のガン患者など、人生の終末を迎えようとしている人たちのケア―終末医療の第一人者です。

その臨床の経験から、末期患者の死を受け入れるプロセスを以下に整理しています(解説は私の言葉でまとめましたので、著者の言葉とは違っているかもしれません)。


第1段階・「否認」
「そんなことはあり得ない」と、死を受け入れられない。なるべく死のことについて考えるのを避ける。

第2段階・「怒り」
「どうして私が死ななければならないのか」と逆ギレする。生き残る人や健康な人を嫉妬し、恨む。

第3段階・「取引き」
「なんでもするからどうか命だけは…」と神仏にすがる。この段階を経ない人もいる。

第4段階・「抑うつ」
いよいよ死が避けられないことが明らかになってくると、オチまくる。
今までの人生の後悔ややり残してきたことに対しての未練にも苛まれる。

第5段階・「受容」
迫り来る死を静かに受け入れる。残りの時間を悔いのないように過ごそうとする。


もちろん、この段階説はあくまでも理念形であって、「受容」まで至らずに亡くなっていく方もいますし、あっさりと死を受け入れられる方も実際にはいるでしょう。典型ということです。

ロスに言わせれば、末期患者のケアをする人は、最終段階の「受容」を目指してかかわることが望ましい、ということになります。まあ、当然一筋縄ではいかないわけですが…。人間、往生際が悪いのが当たり前。シルバー・バーチをして「心の準備のない者が次から次へと霊界に送り込まれてくるので大変迷惑している」と言わしめることになります(^^j)

ちなみに、シルバー・バーチというのは、霊界からのメッセンジャーです…。その「霊言」が潮文社という出版社からシリーズで出ています。

ロスの報告で面白かったのは、主体的に生き、さらに精神的な価値に重きを置いてきた人ほど死を「受容」するのがスムーズだ、ということです。

自分のしたいこと、大切に思うことを大事にしてきた人や、人間関係を大切にしてきた人というのは、死を受け入れやすい、と言うのですね。
逆に言うと、周囲に流されて生きてきて、カネだモノだと騒いできた人ほど往生際が悪い、ということです。

このことから、ロスは死を「人間の成長の最終段階」と位置づけます。
つまり、死と向き合うことによって、人としてなにが大事なことなのか、気がついて実践していくプロセスなのだと言うのです。

ロスはある患者の話を紹介します。

自分は数十年自分で考えることをしてこなかった。たえず周りの価値観や思惑に流されて生きてきた。死を宣告されて絶望のどん底に陥ったが、残り数ヶ月でも、自分の価値観にしたがって、人間関係を大切に生きることができた。それで私は悔いはない。生きるに値する人生だった―そんなことを言って、その方は亡くなっていったそうです。

この話にはインパクトがありました。
人間にとって、充実感の味わえる生き方の一端を知ったように思いました。

ところが、同じような結論を違う方面からも得られることになったのです。それは次回以降に書きます。

ちなみに、ロスは後年いわゆる死後生を堂々と主張するようになってきます。死に行く人々を看取っている間に、そのように確信するに至ったようです。先に亡くなった親類縁者が「お迎え」に来た、という例や、末期の患者が直観的に死後の生を「知る」という例に遭遇してきた経過があったようです。河合隼雄はそのことを「早計だ」と言って批判していましたが…。




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【2005/12/07 19:49 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
人生の終わりの時・その3 | ホーム | 人生の終わりの時
コメント
--なかなか興味深い、、、--
けれども、実体験として「死ぬかもしんない」って
リアルに感じたときの俺は必死で抵抗したし
今、思うとみっともないくらいあがいたな~。

多分、またそんな場面に直面したときも
あがくだろうから、成長できないでいるのかも。。。

続きが楽しみ!
by:HBK | URL | #-【2005/12/11 04:15】 [ 編集] | page top↑
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いやいや、今度そういう場面に遭遇したら意外にあっさりと受け入れたりして(笑)

でも普通はあがくよね。俺もかなり往生際悪いかも(汗)

なんといっても死は一大事だからね~
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/13 06:53】 [ 編集] | page top↑
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ある意味、今は割と近い感じっすよ~。
やっぱり俺はあがくな~。
死ぬ直前まであがいて努力したからこそ、納得できるかも知れない。

「やり残したことがある」なんて
思いながら、あの世には行きたくないからね~。
by:HBK | URL | #-【2005/12/14 01:30】 [ 編集] | page top↑
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う~ん、なるほど。

「死ぬ直前まであがいて努力したからこそ、納得できるかも知れない」っていうのはHBKさんらしいね。

やっぱり精一杯生きたっていうことが、悔いを残しにくいんだろうね。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/15 23:46】 [ 編集] | page top↑
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