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河合隼雄『物語を生きる 今は昔、昔は今』(小学館)<その3>
河合氏は次のように述べている。


「夢体験そのものがすなわち、その人にとっての『物語』である、との見方も可能である。(中略)つまり、事実を事実として記述する自然科学的方法は、人間と関係なく事実を語るのに適しているが、物語は、逆に『関係づける』作用をもっている。それは物語を語る人、聞く人にとって、自分と他人、人間と動物や物、生者と死者、自分の心の中の意識と無意識などを関係づけるのである。そのように、縦横無尽に張りめぐらせたネットワークのなかに自分を位置づけることにより、人間は安心して生き、安心して死ぬことができるのである」


なるほど。


確かに、「自分にとっての物語」を作ることはとても重要。よく分かる。


なんでこんなにつらい目に遭うのか?


なぜこんなに世は不合理なのか?


これらの問を、人は生きていれば背負い込まされる。


このような困難を乗り越えていく「物語」が必要だ。


それは、「私はなぜ生きているのか」という問に逢着する。


困難を乗り越えることで私が成長し、私の可能性が拓かれる。


それによって私の仏性が磨き出される。


永遠の命が開顕する。


慈悲も智慧も深くなる。


そして、死と共に、平和な世界へ行く。


それが私の今の「物語」。
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【2009/08/08 23:07 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
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