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河合隼雄『物語を生きる 今は昔、昔は今』(小学館)<その2>
河合隼雄は、『前世療法』について触れ、次のように述べている。


「『納得がいく』という表現があるが、このことは人間の人生にとって極めて大切なことだ」


「現代人は『納得がいく』ために、自分の知る限りの経験と知識とを因果的に結びつけて理解しようとする。従って、自分の状況の原因として『親が悪い』とか、『社会が悪い』とか言ってみる。しかし、本当の納得は得られない。本当の納得は、知的な因果律を超えて、自分の存在全体が『そうだ』という体験をしなくてはならないし、それは極めて個別的なものである。一般的原則に基づく説明は、本当の納得につながらない。従って、その人にとって、自分の前世と現在の状況との関係が明らかになったときなどは、知的理解を超えて納得がいくのである。言うなれば、自分という存在が、今、目に見えているものや知識などを超えて、より偉大な存在との間に根づくのを感じる」


前世の有無、という次元ではなく、その話がどれだけ当人にとって「意味」があるか、ということで説いている。しかも、前世論は大切な言説という位置づけだ。


とても大きな示唆だと思う。


自分の生をどのように意味づけるか。「発見」するか。


そういう意味では、前世論を含め、生老病死という人生の難題に包括的な解決策と希望を与えている仏教の言説というのは、人間にとって生きていく大きな支えになる、ということができる。


「盲信」することも「狂信」することもなく、深く「納得」する。


それは理性と直観とが融合したところにある認識のあり方のようにも感じる。
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【2009/08/04 08:54 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
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