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『バシャール×坂本政道』(ダリル・アンカ/坂本政道 VOICE社)-その2-
前回の引用部分;
「怖れ、怒り、憎しみ、強欲などの感情があるのは、その人の真実の芯(コア)の部分とひとつにはつながっていないネガティブな信念体系があるからです」
というところについて、さらっと書いていますが、なかなか含蓄の深いものがあります。


裏を返して言うと、「真実の芯(コア)の部分とひとつ」につながっていると、「怖れ、怒り、憎しみ、強欲」などの「ネガティブな信念体系」がなくなる、というわけです。


では、どうすれば「真実の芯(コア)の部分とひとつ」になれるのか。


それはやはり「修行」しかないと思います。


なにも滝に打たれるとか断食するとか、そういうことばかりが修行ではありません。
日々の日常において、仏教の言葉で言えば「八正道」「菩薩道」を生きていく、ということだと思います。
言葉を換えて言えば、私利私欲ばかりではなく、相手の幸福を、みんなの幸福を考える「大我」に生きることなのだと思います。


不思議なもので、「我が身かわいさ」は自然なものですが、それをあえて棚上げして、見返りを求めない純粋な愛に自分をなげうったとき、本当の「我が身かわいさ」を感じられるものなのかもしれません。


古代ギリシャの戯曲などでは、盲目になってから初めて真実を「見る」ことのできるようになった者の話がありますが、そういう意味で示唆的です。
我が国の一遍上人なども「捨ててこそ」という言葉を遺していますが、そのあたりの機微を突いているものではないでしょうか。
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【2009/07/16 14:11 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
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