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「一灯庵」って?
ブログを書こうを思ったとき、タイトルをどうしようか悩みました。

最初「平成徒然草」にしたのです。でも、もしかして…と思ってこのタイトルで検索すると、まあ何件もあるはあるは…。有名どころでは、最近のテレビではあまり見かけませんが、あの陰陽師の石田千尋さんが同名のブログをお書きになっているではありませんか! これはマズい…ということで急遽変更。考えた末、「一灯庵日記」にした次第です。坊主クサいタイトルには変わりありませんが…。

そこで「一灯庵」の由来ですが…
以前、安岡正篤(やすおか・まさひろ)さんの本を読んでいたときに、「一灯照隅行(いっとうしょうぐうぎょう)」という言葉を知りました。もともとは最澄さんの言葉らしいですが。意味するところは、自らをその分に応じて一つの灯火とし、暗い濁世の与えられた一隅(ひとすみ)を照らしていく、そういうものを目指していく行い(修行)。一人一人が灯火となり、それが広がって、仏の国が現出していく―という願いでもあるようです。

「一灯照隅行」という言葉は、私のこの世での誓願です。自分に課した、それは厳しい誓願です。明るくするどころか余計にこの世を暗くさせたりして…(@@) そうならないよう、ガンバリます(--j)

以前、「タラバガニ」というタイトルで書いた記事に、sisiさんが書いてくれたコメントがあります。

「…だから人のああいうところが嫌だって
思っていいし、
相手のありのままを
認めなくていいと思う。

でもごくごくまれに
相手のああいうところも
ああいうところも嫌だけれども、
でもそれでもやっぱり相手の根本は
大好きでたまらない
という気持ちになる時がある。

そういう気持ちが、もしかしたら
結局は相手の存在を
深く愛するというところに
つながっているのかもしれない。」

そしてそういう気持ちを
ごくごくまれにもらうこともあって
そんな時は奇跡のようで
例え一瞬でも、孤独から救われる思いです。」


なるほどなあって思ったんです。

それでふと思ったこと。

愛されることも、愛することもない闇の暗さって、どれくらいなのだろうか。
また、自分は、「相手の根本は大好きでたまらない」という愛し方をしているだろうか。あれがやだ、これがやだばかり言っていないだろうか。

sisiさんが言うように、自分の「根本」みたいなところが愛されていると思えるのは、日常生活の中ではそうそう滅多にあるものではないように思います。でも、そのことを感じられるとき、深い自由の感覚と、「自分は生きてていいんだ」みたいな感覚も味わえるような気がするのです。最大の幸福の一つと言っても過言ではないでしょう。

そう思えるような日常の関係を、私がいかに築いていけるのか。
きわめて卑近な現実問題であり、なおかつ崇高な理想です。

それは私にとってエゴイズムとの闘いに他なりません。

私の中にどれだけ光を見出せるのか。

その程度によって、他の人の中にどれだけ私が光を見出せるかが自ずと決まってくるでしょう。
また周りの人がどれだけ私の中に光を見出せるかが定まってくるでしょう。
私が築いてきたものの真偽が明らかになるでしょう。それは厳しい審判になるでしょうが、止むを得ません。

「一灯照隅行」というのは、私が私の中にどれだけの光を灯し、暗闇をなくしていけるのか、という挑戦なのです。

写真は先日明治神宮を散歩したときに撮ったものです。
なんとなく、この写真をアップしてみたい―そんな気分です。

20051203233256.jpg

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【2005/12/03 23:28 】 | 未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | page top↑
人生の終わりの時 | ホーム | 根津美術館の午後
コメント
--いいところね~--
人間の好き嫌いの激しい俺には
考えさせられる内容だな~。


でも、観音寺さんがそんなに深く考えちゃっていると
俺にはその境地には到達できそうにねーなー
って、自信なくしそう。。。


もうちょっと、自分のやってきていることに
自身持っても良いんじゃないかな?
回り道は沢山したけれど、成功者になりつつあるわけだしさ!


「厳しい審判になるでしょう・・・」
などと、卑下しないで
自分が照らすものが、確かなものだって
自信が持てれば、他人からの評価なんて
気にならないと思うよ。
by:HBK | URL | #-【2005/12/04 16:50】 [ 編集] | page top↑
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今でも回り道真っ最中だよ…(笑)
でもこの自分の性格で災いすることも多くて、勘弁してほしいって思うときがあるな。ウジウジと悩んで先に進めないときに、きっとHBKさんは先に先にアクションを起こしていることもあると思うよ。そういうところは自分のウィークポイントだね。
自分が照らすものっていうのも、自信がまったくゼロではないんだけど、ホンモノなのかと問われると薄っぺらい気がする(笑)
「厳しい審判」については俺の言葉が足らなかったからまた記事書くね~
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/05 21:34】 [ 編集] | page top↑
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いんや~、善し悪しでしょう。

俺なんかは「もうちょい考えてから動けよ!」
って、よく説教されるし

「破滅願望あるでしょう?」
って、聞かれることもある。
(確かに投げやりなときはあるかもね~)

まぁ、俺よりも熟慮しているのは確かだし
俺は観音寺さんの見方って参考にしてるんだよ。

「薄っぺらい」なんて言われると困っちゃうな~(笑)
by:HBK | URL | #-【2005/12/06 04:59】 [ 編集] | page top↑
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「破滅願望」というよりも、なにもかもぶち壊してしまえという「破壊衝動」はたまに顔を見せるときもあるみたいだね(^^j)
なるべく「薄く」ならないよう、がんばりマス。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/07 18:50】 [ 編集] | page top↑
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観音寺さんは十分「濃厚」だよ。
っていうか「濃すぎ」なくらいじゃない(笑)?

「破壊衝動」・・・納得!
何事もない平凡な毎日が大好きなのに
トラブルが続くと「破壊衝動」が目覚めるようだね~。

「破滅願望」よりはマシだよね?
えっ?あんまり変わらない?
by:HBK | URL | #-【2005/12/14 01:33】 [ 編集] | page top↑
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「破滅」と「破壊」では、大きな違いがあると思うよ。

「破滅」の方は語感だけど受身だし、その分無責任なような気がするんだ。

でも「破壊」の方は主体的だし、その後の「創造」っていう目的も垣間見えるような気がするんだ。なんだかインドのシヴァ神みたいだけどね…。
by:観音寺 弘明 | URL | #-【2005/12/15 23:49】 [ 編集] | page top↑
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