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お知らせ
これから一ヶ月ちょっとの間、取り組まなければならないことがあり、ちょっとお休みします。たまに更新することもあるかもしれません。これからもどうぞよろしくお願いします。
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【2009/05/26 23:28 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
松原泰道『釈尊伝』(佼正出版社)<1>
表題の本を読みました。
著者は、臨済宗の有名なお坊さんですね。著書もたくさん出ています。1907年生まれの方です。


その中に紹介されていた話を一つ。


ある修行僧が、大応国師(13~14c)に質問を発します。
「唯我独尊」について質問し、師から教えを頂いた後の第二問。
「釈尊はいまどこにういらっしゃいますでしょうか」
それに対して、国師の答え。
「脚下を見よ」
あとは本文を引用します。


「脚下」とは足下で、もちろん自分の立っている足もとを看ることですが、転じて自分の中に求めよ、ということです。自分・自己とは先に記しましたように、私たちは本来、つまり生まれながらにそれぞれ、ほとけのいのち・ほとけのこころを身に具えているのです。この事実に気づかないのを迷いともうします。
 かりに、いま私たちが迷っていたとしても、それは一時的な現象で、生まれながらにほとけのいのちを頂戴している本来の自分に変わりはないのです。この本来の自分に出会うがよい、とのすすめが「脚下を看よ」ということです。
(中略)
 いつも、自分の心のそこにほとけのいのちが宿っている事実を忘れないようにしていくのなら、遠い昔にお亡くなりになった釈尊のおこころに、いま、ここでお出会いできる、と大応国師はこの修行者に親切に教えるのです。」


「脚下照顧」とは、有名な禅の言葉ですが、いろいろな意味に理解されます。
それぞれの文脈で理解できる、豊かな意味を持つ言葉だということもできましょう。
各家庭や職場、学校、身近な友人関係から始まって、現実、あるいは仏心…。
松原師は、ここでは仏心の意として紹介していますが、各々に備わっている仏心を磨き出すことを修行と言うのでしょう。
そして、そこに大安心の世界がある。


変転きわまりない、先行きの見えない時代だからこそ、不動のもの、永遠のものについて考えることが大事なのだと思います。
それは逃避ではなく、今を生きていくエネルギーになっていくような気がします。


【2009/05/21 09:14 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
大野晋『日本語の源流を求めて』(岩波新書)
表題の本を読んだ。
大野氏は有名な国語学者である。
昨年逝去された。


先日新聞を整理していたら、大野氏のことが載っていて、買って読んでみた。
大野氏は、日本語文法や言葉について、古代タミル語(インド南部)との共通点に気づき、詳細な検討を加えた結果、日本語のルーツは古代タミル語にあると結論づけた。


さらに、考古学的考証から、「弥生文化」とされている水田耕作や鉄器、弥生式土器などは古代タミル文化から移入された、と結論した。


新書とは言え、詳細かつ微細、そして多数の裏付けを述べており、説得力はあるように感じられた。


しかし、なぜ南インドのタミル人がわざわざ日本にまでやってくる必要があったのか、という点ではまだ説明が弱い。
真珠交易を求めてきたのではないか、と推測されていたが、それにしても、わざわざ大挙して日本にまで来る必要性があまり見えない。
気候変動や大災害があったのだろうか。


このタミル文化源流説は、学界ではあまり重んじられていないらしい。
氏も、新聞で、正しさが証明されるのに「100年かかる」と言われていた。
素人の私がその是非を判断できようもないが、魅力的な説ではある。
DNAの分析でも、日本人は雑種というか、さまざまな民族的混合の上に成り立っているらしいことが分かっている。
実は、非常に国際的な民族だったのではないか。
外来文化に対する柔軟性はつとに指摘されているところだが、そう考えると、その柔軟性は「お家芸」だと言えるだろう。

日本は「和」の国。
さまざまな文化や人間を、柔軟に受け入れられる度量を持った国なのだと解したい。
それがたとえ潜在的なものだったとしても。
日本の神話に見られる「八百万の神」とは、その辺の多様性を受け入れる柔軟性を反映させたものなのかもしれない。
【2009/05/19 17:37 】 | 歴史 | トラックバック(0) | page top↑
生を畏れて死を恐れず。
自分たちは、相当の覚悟をしてこの娑婆世界に生まれてきた。
悩み、苦しみ、傷つき、恐れ、疑い、悲しみや寂しさの波に襲われ、不安の暗い海をたゆたう。
それでも志願して生まれてきた。
「願生」。
そう仏教では言うらしい。


私は、その考え方を支持している。
自分は、自分が考えるより、きっともっと大きくて、気高い存在なのだ。
こんな濁悪にまみれた世に生まれてきて、どんな困難に襲われようとも、乗り越えられる力を持っている。
自分の中に、その力はある。


人は「新型インフルエンザ」に戦々恐々としている。
しかし、毎日100人近くの人が自ら命を絶っているこの日本の社会が、恐れられることはない。
本当の恐怖は、ウィルスが呼び起こすのではない。
困難や危機に対して、お互い疑心暗鬼になって、協力しあえない人間不信と利己主義にこそ、本当の恐怖はある。


死を恐れることはない。
人はやがてみんな死ぬ。
死んでも「私」は失われることはない。
むしろ、恐れるべきは、この限りある娑婆世界での生のあり方だ。
自分のしたことには必ず報いがあり、それから逃れられない。
それは歴然としているのに、どうして日々の生を省みないで生きていられるのだろう。


生を畏れて死を恐れず。
苦界に生きるのは、様々な経験を通して精神的に成長するため。
智慧と慈悲心を磨くため。
大きな感動と喜びのため。
深い深い幸せを得るため。
自分も人も信頼することを学ぶため。


生を畏れて死を恐れず。


【2009/05/18 21:34 】 | 宗教&スピリチュアル | トラックバック(1) | page top↑
捨てる神あれば拾う神あり。
5/14日付東京新聞の夕刊に、2008年の自殺者の統計が載っていた。
それによると、1978年の統計開始以来、30代の自殺者は過去最高。さらに、10代の自殺者は一昨年より11・5%増とのこと。若年層の増加が目立つという。同じ30代として見過ごせない。


分かっている動機として、1位「うつ病」2位「身体の病気」3位「多重債務」。さらに「就業失敗」「失業」などの「生活苦」が続くとのこと。


人が人を殺している。そう言わずしてなんと言おうか。


こんな世の中、絶対におかしい。
別の紙面では、この記事に関連して、あるケースが載っていた。冷たい社会の対応。こんな世の中で暮らしていて、誰が気持ちいいというのだろう。


病苦、経済苦、人間関係の苦。
苦は、もとより自分で克服していかなければならないとは言え、人間が一人では生きていけない以上、手助けが必要だ。
誰もが安心して生きていける社会は、手助けが当たり前にある社会のはず。
逆に、人が人を苦しめている経済や社会は、必ず修正し是正ていかなければならない。


それには、一人一人が強く正しく生きていくしかない。
どんな人に対しても、「良いご縁」となるような人間になっていくしかない。


自死を考えている人がいたとしたら、痛みや苦しみを知る人だからこそ、自分の命を縮めるのではなく、いい社会を一緒につくっていく人になってほしい。それはかなりつらい選択であるでしょう。でも、自分が死んでもいい社会にはならない。餓死したとしても、正しく生きていくことに意味がある、と私は信じている。それは「愛のある選択」をする、ということに尽きる。


かく言う私は、とてもとてもご立派な人間ではない。
罪だらけの、過ち多き人間である。
今まで人を傷つけてきたこと数知れず。
そんな汚辱にまみれた人間だからこそ、私は私の死の訪れるその瞬間まで、この社会で、自分のできることをしていきたい。


ちなみに、東京新聞に載っていた「被連協」の連絡先です。
http://www.cre-sara.gr.jp/多重債務など金銭関係のトラブルの相談に応じて下さるようです。


捨てる神あれば拾う神あり。

【2009/05/17 23:11 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
ヘレン・ケラーの支えとなった信仰<2>
H・ケラーの『わたしの生涯』より。


「私は真理の太陽はまだとぎれとぎれにしか人類の上に照っていないことを信じています。そして私は愛が地上に神の国を打ち立て、その隅の親石は自由、真理、友情、奉仕であることを信じています。
同時に私はあらゆる善は失わるることなく、また人間の意欲し、希望し、夢想した善は永遠に存在するべきことを信じております。
私は不滅の憧れを胸の中に感ずるがゆえに霊魂の不滅を信じているのです。それから死後の生活は私たちの動機、思想、行為によって形造られることを信じます。」


これらの言葉の後に、「この信仰がなかったら、私の生活は無意味なものになる」とも述べている。


おそらく、彼女が言っていることは正しい。
そして、未来の地球人の「常識」になっているだろう。
それは遠い未来のことではない。
今世紀前半にはそうなっているのではないか。


ところで、彼女は平和主義者としても知られている。
戦争行為は当然であり、戦争に反対するのはかなり勇気の要った時代のはず。
また、彼女は社会主義者であるとも公言していた。
これもまた当時としてはすごいことである。


しかし、彼女の人徳なのだろうか、カーネギーやフォードといった富豪たちとの交友もあり、親交を結んでいる。率直に信じることを語って、愛想を使うこともあまりなかったようだ。


彼女が平和を訴え、社会正義を訴えた背景には、引用したような信仰のバックボーンがあったのだろう。翻訳とは言え、彼女の信念の強さが伝わってくる。敬服。


【2009/05/15 19:06 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
ゆく河の流れは絶えずして
SA350109001.jpg


今日、所用で上大岡駅に行く途中、大岡川を渡る最戸橋の上から撮ったものです。


なんかのどかな感じがしました。

沿岸には花菖蒲ですかね、黄色い花が咲いています。奥にも紫色の花が咲いていて、きれいな景色でした。


「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中ににある、人と住みかと、またかくのごとし」とは、有名な『方丈記』の冒頭です。


「無常観」として説明されますが、たしかに、人も住みかも世の一切も、移り変わり消えてはまたなにかが生まれ…と「無常」を川の流れは映します。


しかし、前世の影響なのでしょうか、川を見ていると悠久さの方を感じます。大岡川のような小川でも。


100年前、あるいは300年前と、景色はめまぐるしく変わってきたでしょうし、これからも変わるでしょうが、きっと、川の流れはここにあって、光を反射させ瀬音を響かせながら、相も変わらず淡々と水を運んでいるように思うのです。人の世などお構いなしに。


なにせ、人が「大岡川」と名付ける前からそこにあって、そして人が「大岡川」と呼ぶことがなくなったとしても、きっとそこで流れ続けるのでしょうから。


そういう意味で、人の命はあっけないほど短い。


逆に、大岡川はどんな気持ちで、人の世の移り変わりを見ているのでしょうか。


ひょっとするとあんまり関心がないかもしれませんねえ。
【2009/05/14 21:58 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
ヘレン・ケラーの支えとなった信仰<1>
前掲、H・ケラーの自叙伝『わたしの生涯』の最後の方で、ケラー女史が信仰告白をしている下りがあります。


「私はこの地上においてもイエスの教訓に基づいて生きうることを信じ、最大の幸福は世界がイエスの『なんじら互いに相愛すべし』という命令に服従した時、来るものであることを信じています。(中略)ゆえに私は人生が与えられているというのは、愛において成長せんがためであって、神は太陽が花の色と香の中にあると同じように私のうちに存し、私の闇の光となり、私の沈黙の声となってくださることを信じます」


彼女の自叙伝を読んでいて感じたことは、信仰が強い支えとなっている、ということです。


彼女は、キリスト教、その中でも、スウェデンボルグの流れを汲んだ、ニューエルサレム教会に通っていたそうです。この教会は、キリスト教の中でもマイナーですね。しかし、彼女の信仰についての文章を読んでいると、本当に支えになっていることが伝わってきます。


自伝の中では、サリヴァン先生をはじめとして、多くの人々に支えられてきたことをもちろん詳しく述べていますが、いかに信仰が支えなっているか、ということも述べられています。

その信仰は、人間として生きることの本質を見事に突いています。
【2009/05/12 17:22 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
坂本政道『分裂する未来-ダークサイドとの抗争』
日本におけるヘミシンクの第一人者、坂本氏の先月出た新刊です。

いわゆる「2012年問題」について、氏の得た最新情報が載せてあります。


今回の注目ポイントは、「2012年に天変地異が起こる」というのは選択できるシナリオの一つであるということ。


もう一つのシナリオとしては、天変地異が起こって急激に変化するのではなく、ゆっくりと、そして着実に地球が変化(進化)していく、というビジョンである。2012年はその通過点であり、2020年代から、それまでの混乱が終息していって、今までに代わる新しい政治・経済などのシステムが構築されてくる。


前者の天変地異の方は、ネガティブな側からの未来予測の情報だったということで、後者のゆっくりとした変化は、ポジティブサイドからの未来予測だったことが分かった。


いずれにしても、結果的には、人類の精神性も向上し、科学技術も進歩し、政治・経済などもそれに合わせてよくなっていく、というビジョンは共通しているようです。「よくなっていく」というのは、現在のような犯罪や戦争がなくなっていったり、貧富の差が激しかったりする格差社会などが是正されていく、ということです。エゴイズムや憎しみ・嫉妬・闘争などに代わって、愛と善意の世界になる。


問題は、そのプロセスのどれを選ぶか、ということです。


この辺はもう一つわかりにくいのですが、結局、信じている未来をそれぞれが体験する、ということになるらしく、ポジティブな未来を信じていればそのような体験を、ネガティブな未来を信じていればそのような体験をする、ということに二極化していく。パラレルに、並行していく、ということらしい。


ともあれ、筆者はポジティブサイドから未来を考えていくことを提案する。そのためには、ワクワクしながら生きていく思考・習慣を身につけること。そのことによってポジティブな未来を体験する。


ちなみに、今回筆者がヘミシンクを通して交流したのはバシャールという知的存在で、その方とは、須藤元気さんなども対談本を出していますね。


バシャールについてはVOICE社から本が何冊が出ているようなので、こつこつと読んでいこうと思っています。


今回の坂本さんの著書は、分岐点だったかもしれません。
これを機に、ポジティブな未来を描いていく人が増えていくでしょう。
私もポジティブに考えていきます。
その結果、アセンションに向けてソフトランディングしていけると思います。



【2009/05/09 12:40 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
クンシラン
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クンシラン。手前の紫色の花は分かりません(汗)


花言葉事典さんによれば、「貴い」「情け深い」「誠実」ということです。ランとは言いつつランの仲間ではないんですね。


確かに気品がありますね。「誠実」と言われれば、そんな気も。


この、薄い朱色がなんともきれいです。
【2009/05/08 13:44 】 | 園芸日記 | トラックバック(0) | page top↑
倶会一処(くえいっしょ)
昨夜、親戚にあたる方のお通夜に行って来ました。

浄土真宗の菩提寺のご住職が、法話をして下さいました。

その親戚の方は、脳溢血がもとで亡くなられたのですが、ご住職も7年前に脳溢血を起こされたそうです。生死の境をさまよい、医師が「もうダメです」と言うのが聞こえたとか。


そのとき、ご住職は、「緑色のビロードのように広がるお花畑」にいらっしゃったそうで、それはそれは美しい世界だったとか。あれは「お浄土」だと思っている、と仰っていました。


そこで、亡くなられたご親戚の方も、あの「お浄土」にいらっしゃるに違いない。
「お浄土」に生まれ変わったのだからそれはめでたいこと。
地方によっては、そのことを祝って、葬儀の際に実際に赤飯を炊くところもあるのだとか。


そして、私たちもいつか「お浄土」に行き、仏さんと再会する。
それを「倶会一処(くえいっしょ)」と言うのだそうで、それは死後の楽しみであると。


納得のいくお話でした。
【2009/05/07 10:37 】 | 宗教&スピリチュアル | トラックバック(1) | page top↑
「子どもの日」
「子は鎹(かすがい)」とは言ったものです。

」は、前に分からなくて調べたことがあるのですが、木材と木材をつなぐ金具のこと。写真は柏商工会さんのHPから勝手にリンクさせてもらいました。


子どもがいるから、なんとか自分を、関係を変えて行こうと努力する。


確かに大変は大変ですが、子どものお陰で、どれほど自分が支えられ、ハッパをかけられ、自分を磨かせてくれたことでしょう。


未熟な私を成長させてくれたことでしょう。


「子どもの日」は、「子どもに感謝する日」なのかもしれませんね。
【2009/05/05 20:26 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
新しい緑の季節
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このところ、相次いでご縁のあった方の訃報に接しています。


また、ヘレン・ケラーの自叙伝を読んで、ケラーさんはもちろん、この話の中に出てくる登場人物たちも、もうとっくに他界しておられるのだということに思い当たりました。


自分もいつか死ぬ。
そんなことは頭では分かっていても、ピンと来ないところもあります。


また、私の身の回りの人々も、いつかみんな死んでいく。
それも避けようのない事実です。


改めて、この娑婆世界での、有限の時間をどう生きていこうか、考えます。
やはり、誰かの役に立つこと、そして、愛し愛されること。
共に生きること。
そんなことが、かけがえのない大切な生き方のように思えてなりません。


小さい自分を捨て、おおらかで、愛することのできる人間になっていきたいです。
【2009/05/04 21:06 】 | 未分類 | トラックバック(0) | page top↑
常緑樹はかく語りき-H・ケラー
ヘレン・ケラーの自叙伝『わたしの生涯』を読み終えた。

その中で、彼女がおもしろいことを述べているところがあった。

常緑樹は、未来は予言するかどうかは分からないが、過去は啓示すると言う。

その傍に立つと、彼らはこう述べる。


「あなたというものは過去から未来を通じて不変のものです。あなたの中にあるすべての原子と感情とは、私たちと同じように永遠の昔に始まったもので、ついにはまた私たちとともに永遠に帰り行くべきものなのであります」


この下りについて、私は彼女の詩人のような直観に感じ入りました。

このような感覚はもちろん理屈ではなく、直観するものでしょう。

自然との一体感、そして永遠に包まれた感覚があったのでしょう。


私たちも聞くことができるのでしょうか。
【2009/05/03 22:48 】 | 読書日記 | トラックバック(0) | page top↑
「大化の改新」は修正が必要?
だいぶ前に録画した、飛鳥古墳のNHKのビデオを見た。

最近の研究では、645年の「大化の改新」は、通説をかなり修正する必要があるかもしれない、とのこと。


『日本書紀』では、蘇我入鹿とその父蝦夷は、かなり横暴な人物として描かれているが、後世にだいぶワルモノとして描かれた可能性がある。

蘇我入鹿は、中国の唐帝国の膨張策に対し、かなり気を遣って唐と敵対しないよう外交努力するとともに、国内の防備を強化した。中国の文化も積極的に取り入れようとしていたらしい。中国の史書では、評価の高い人物として描かれている。

ご存じの通り、中大兄皇子と中臣鎌足はそんな蘇我父子を討ち滅ぼすのだが、彼らは、どうも朝鮮半島の百済を支持していたようで、唐と新羅に百済が滅ぼされると、百済の王族などをかくまったりしていたらしい。

つまり、朝鮮・中国政策を巡って、蘇我氏と中大兄皇子らとは対立関係にあったという。それで滅ぼされた可能性がある。


蘇我氏滅亡後、中大兄皇子らは、天皇の権威を高める建造物を作る、などの他はとくに政策らしい政策をやっていなかったそうですね。実は。公地公民制などは、『日本書紀』に、後世に事績として書き加えられたらしいのです。

それどころか、百済復興を目指して唐・新羅に戦いを挑み、惨敗しています(白村江の戦い/663年)。驚きあわてた中大兄皇子は、「天智天皇」として即位し、大唐帝国に対抗する必要性から天皇集権的な政策を推し進めることになった、というのです。

要するに、国際感覚としては、蘇我氏の方が長けていて、中大兄皇子らの方が、白村江の戦いに負けるまで、唐の実力などをよく分かっていなかった(!)


いずれにせよ、その後唐から攻められることはなかったので対外的には事なきを得ましたが、この話は、幕末の開国と明治維新と型が似ているな、と思いました。

外国の実力に直面して、大あわてで国内の整備をする。

同じ島国なのに、なんで英国はあんなに外交に長けているんでしょうかね…?

日本の外交は、第二次世界大戦後はアメリカの腰巾着でしかないように思うのですが。


それと、やはり「公正な歴史」というものはないのだな、と。

「史書」とは言え、だれが編纂するのかという、その立場と状況によって歴史の方向性が定まってくるということですよね。

歴史はやはり、あくまでも自分自身が、いろいろな立場から見た「歴史」を検証していくしかないのでしょう。
【2009/05/02 13:05 】 | 歴史 | トラックバック(0) | page top↑
日本文化の、その昔。
先日、古い新聞を整理していたら、昨年亡くなられた国語学者の大野晋さんの記事が出てきました。

大野さんの説によれば、日本語の起源は南インドの言葉、タミル語に遡るのだとか。

タミル語との相関関係や、タミル人の伝統的風習と日本のそれとに多くの相関関係があるのだそうです。


もしそうだとすると、南インドに住んでいた?あるいはその文化圏にいた人が、はるか日本にまでたどり着き、日本に住み着き、文化を作る礎となったということになりますね。超古代史?になるのでしょうか。


昨日、『日本の朝鮮文化』という座談会の内容をまとめた本を読み終えたのですが、その中で、山上憶良の父は朝鮮からの渡来人で、憶良も当地で生まれ、幼いときに戦乱を避けて日本に来たのだとか。


それが事実だとすると、この列島には古来数々の来訪者があり、それぞれが文化の一翼を担っていったのだ、ということになりますよね。


日本文化の柔軟性、みたいなものはその辺りから起源があるのでしょうか。
【2009/05/01 13:00 】 | 歴史 | トラックバック(0) | page top↑
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