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一つの灯
「苦」によって大切なことを学び、余計なものをそぎ落としていく。それはこの世のならいである。だから、「苦」が「苦」でなくなるとき、生き方としては真に近いものがあると言えるのだろう。


それぞれが目的をもってこの世に生まれてくる。しかし、その目的を忘れて生まれてくる。生きているうちに、「発見」するように仕組まれているのだろう。林間学校のオリエンテーリングみたいだ。


あるいは「発見」できなくても、生きているだけで、たぶん目的を達成している。そこで経験することがすべてだ。いつのまにか学び、磨いている。成長している。


一人一人の人が、その生きている場で、一つの灯りを灯していく。隅の闇を照らす一灯照隅行だ。火というのは不思議なもので、分けても分けても減ることはない。むしろ、分けた分だけ辺りが明るくなる。一つの灯がたくさん集まって辺りを明るくしてくれる。どうして分け惜しみする必要があろうか?


人はみなやさしい。あるいは、やさしさを秘めて生きている。やさしさ、つまり愛を表現して生きることは恥ずかしいし、ときには損をすることもあるだろう。でも、一人一人の秘めているやさしさを小出しにしていくだけで、きっと世の中はもっとやさしく明るくなる。一つの灯は一つの愛なのだから。


感謝して生きることによって、自分の持っている灯をもっと明るく、あたたかくしていこう。そういういう生き方がまっとうできれば、これ以上の私の幸福はないと思う。


感謝、感謝!
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【2008/05/26 09:45 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
2012年になにかが起こる? <その3>
最近、興味深い本を読んだ。ゲリー・ボーネル/高橋克彦著『5次元世界はこうなる-アカシック地球リーディング-』という本である。徳間書店の「5次元文庫」に収められている。



内容としては、対談形式で、「アカシック・レコード」を自在に読み取ることのできるボーネルが、高橋克彦の質問に答えるのだが、ここに2012年のことが書かれている。いわゆる「アセンション」である。



ボーネルによれば、このとき、人間の想念がそのまま物質化(現実化)して可視化する世界に移行していく。そのため、精神に錯乱を起こす者も出てくるという。それはそうだろう。次元上昇(アセンション)すれば、そんなことも起こってくるというのはあり得る話だ。なぜなら、霊界と言われる精神世界はそのような世界であるということだし、アセンションはその世界に近づくことなのだから。



それゆえ、ボーネルは葛藤を解消しておくことが肝心だという。なぜなら、葛藤を抱えたまま次元上昇した世界に移行すると、自分の葛藤を目の当たりにすることになるから。地獄に直面するということなのだろう。心の世界=現実世界。葛藤、すなわち心の内戦状態が現実世界となり、それが「真実」として本人には認識される。それは苦しい世界だろう。



中丸薫氏は、アセンションに関する別の著書の中で、アセンションに備えて心を浄化しておくことの必要性を説いている。それは、つまり煩悩にとらわれない、平和な心の世界にしておくことの必要性を説いておられるのだろう。ボーネルの言っていることと本質的には同じだと感じた。



さて、ボーネルは宇宙の叡智である「アカシック・レコード」には誰でもアクセスできるという。たとえば、朝のまどろみの中で、アカシック・レコードに質問すると帰ってくるという。あるとき私も試してみた。すると、N・D・ウォルシュの『神へ帰る』という著書に似た表紙がイメージに浮かんできた。その名も『神に帰る』。イメージの中では地球の写真があり、南半球?に黒い陰りがあった。ちなみに氏の著書には地球の写真はあるが、それとは違っている。



そのイメージを見て、なるほど、アセンションというには「神に帰る」ことなのか、と納得した。あの黒い
影は、地球の浄化される悪、すなわち影なのかな、と。



先日、たまたま翻訳家の山川紘矢氏の話を聞く機会があり、そこでアセンションについて氏の考えをお尋ねする機会があった。すると、氏は「enligtmentすること」とお答え下さった。仏教の言葉では「悟り」ということになるのだろう。それは、私の解釈では、すべてを肯定すること。受け入れること。ありのままでいいのだと思えること。そこには「死」も「悪」もない。もっと言えば「生」も「善」もない。相対的な認識の世界を超えた絶対的な肯定の世界。



それはあまりにも隔絶した世界のように思えるが、そうではない。日常の小さな積み重ね、小さな発見、小さな平和。そこにあると言えるのかもしれない。気づき、受け入れること。そういうことなのかもしれない。



いずれにせよ、「2012年」に関する話には、ある一つの明確な方向性がある。各人の諸説がそこに向かって流れ込んでいるようにも思える。江原啓之氏は、メッセンジャーとしては一番人口に膾炙しているといえるが、氏の考えをまじめに実践する人が世の中に増えていくと、確実に娑婆世界はそのまま寂光土、すなわち天国になることは間違いない。



今、江原氏以外のメッセンジャーの著書が続々と巷間に溢れている。一方で、甚大な自然災害の被害も近年増えているように思う。「メメント・モリ(死を想え)」ではないが、人類の精神レベルの向上が喫緊の課題となっているし、またそのチャンスにもなっていることは間違いない。
【2008/05/12 23:04 】 | | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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