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航海日記②
先日の、海王丸航海の続きです。

7月19日(水)
朝、高岡大仏にお参りした後、高岡駅から富山新港方面に向かう万葉線という路面電車に乗りました。

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小雨が降っていましたね。「海王丸」という駅があるんです。その駅で降りて港に向かうと、新旧両方の海王丸が港に碇泊していました。

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早速乗り込み、いよいよ「課業」開始です。

船内での乗船式。100名近い実習生がすでに乗船していました。全国の海上技術学校の生徒さんです。他にももう一校、機関関連の学生さんが乗船していましたね。年は10代後半から20代前半。女の子の実習生さんも2,3人いましたね。もっとも他の男子学生とあまり見分けはつきませんでしたが…。

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最初の課業は救命ボートや救命具の説明。さすがにそういうところから始まるんですね。

船内での初めての昼食。中学校の給食を思い出しましたねえ。

午後、いよいよ富山港を出航。指導員の方の説明で、登檣礼(とうしょうれい)を行うとのこと。なにかと思ったら、実習生さんたちが高さ55mもあると言われているマストに登るのだそうです。士官の方の笛の合図とともに、わさわさと登り始め、ついにマストの頂上に。実習生さんはみな、魚の骨のようなマストの枝にそれぞれ配置についたようです。船の舳先にいる実習生さんが「ごっきげんよ~!」と叫ぶと、マストに登っている実習生さんも「ごっきげんよ~!」と大合唱。写真に収めておきたかったのですが、われわれ研修生は艦橋に整列し、脇見をしてはいけないと言われていたので、残念ながら見れませんでした(涙)。 しかし、後日横浜港を出航するときに見に行ったので、そのときたっぷりと見ることができましたが。

その後、海王丸は日本海沿岸を航行。レクチャーを聞いたりしながら、夜は他の実習生さんと艦内を掃除。士官の方の点検を待ちます。

われわれ研修生は、平均すると50代から60代だったのではないでしょうか。私はかなり若い部類に入っていました。最長の方は60代を超えていたと思います。みなさん帆船が好きで、リピーターの方も多かったです。女性も数名いましたね。それぞれ仕事を休んで参加していました。まあ、夜は案の定研修生たちは酒盛りになるのですが…(笑)

艦内の居室はさすがに手狭でした。8人部屋でしたかね。マイ・スペースは自分のベッドだけ。それでも上半身を起こすと配管むき出しの天井にぶつかります。


7/20(木)
6:30起床。
甲板上に出て整列、体操。その後やりましたよ、甲板掃除。ヤシの実を半分に割ったタワシで磨きましたねえ。もちろん裸足です。気分は爽快でしたが。

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朝食後、研修生はなんとマストに登るという。高齢の方もいらっしゃったので希望者だけかと思いきや、みなさん当たり前のように次々と登り始めた(笑) 私は高所恐怖のところがあるので、生きた心地がしませんでしたね~。マストに登るのに、網みたいな梯子だけですよ…。もちろん滑ったらそのまま海にドボン。また私は泳げないんです(笑)

午後、やりました! 帆を張って帆走です! 

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これは素晴らしかった。帆を張るときれいなんですねえ、やっぱり。その作業をしているときに、艦橋から艦内放送で「左舷、クジラ」。しぶきしか見えませんでしたけど、感動でしたね。秋田沖あたりだったかと思います。

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夕食後、船橋や制御室を見学させてもらいました。実習生さんたちは交代で夜通し航海を見守るのですね。

ちなみに、海王丸は帆走の世界記録を持っているんです。帆走能力では世界最高レベルだそうで。ただ、参加するごとに賞をもらっていては…ということで、最近はあまりそういうレースには参加しないそうですが。そういう感覚が日本人らしいですねえ。

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夜、再び研修生さんの酒盛り大会。いろんな人がいましたねえ。おもしろかったのは、関西出身の方はけっこう気さくに誰とでも仲良くなる。東北の方はやはり寡黙なんですねえ。自分から積極的に輪に入ろうとはなさらない。私の父の家ももともと山形出身だそうなので、やはり寡黙な東北人の方になんとなく共感するものがありました。関西の方は明るいな~。じっくりと話をさせていただいた方もおりましたが、やはりこういう出会いがいいですねえ。それぞれのドラマがあるというのでしょうか。


7/21(金)
6:30起床。
もうすでに函館沖でした。この日は天気が悪くて、予定されていた登檣訓練がなくなりました。内心ホッとしましたが、他の研修生の方で楽しみにしていた方もあったようで、残念がっていました。
船内のさまざまな部署を見学させていただきました。機関室、無線室、倉庫などなど。

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工作室もありました。さすがに海上では自分たちでなんでもまかなわなければなりませんからね。一通り揃っているようです。

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一回海王丸は座礁したことがあるんですってね。数年前に、台風で富山沖のテトラポットに乗り上げたそうです。船内まで浸水し、その跡が残っていました。

夜、士官の方と懇談会。その中で、士官の方がおもしろいことをおっしゃっていました。

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実習生さんたちはまあ缶詰生活ですから、ストレスも溜まる。ケンカすることもあるが、翌日あっさりと挨拶すると自然に仲直りするそうなんです。意外にそういうことが重要なんです。また、船の生活は危険を伴うし、共同作業も多い。私たちが教えるということではなく、お互いに協力し合うことを船が教えてくれるのです、と。

たしかに、あの缶詰生活の中というのは、ストレスも溜まりやすいですが、人との壁は越えやすいところがあると思います。最初は私も貴重品など警戒していましたが、そのうちそういう警戒心は必要にならなくなってきました。逃げ場がないですからね。開き直って人と向かい合うことができるように思うのです。ハイリスク・ハイリターンではありますが、陸上では培いにくい友情や信頼みたいなものをつくりやすい環境でもあるように思いました。

この日の夜、甲板に出てみると、船員の方がイカ?ですかね、釣りしていました。


7/22(土) 
6:30起床。整列、体操、掃除。
いよいよ函館港に入港です。函館は何年振りでしょうか。数年前に修学旅行で生徒を引率したときに訪れました。懐かしい街です。
士官の方の笛の合図で実習生さんたちが動き、碇を上げ、入港していきます。

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無事着岸。

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身辺整理をして、最後の船内食をいただき、下船式。あっという間の3泊4日でしたね。

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船はとても好きなので、船を下りてからしばらく呆然としていました(笑) また機会があったら乗りたいですね~。海王丸の皆様、ありがとうございました! 安全な航海をお祈りしています。

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【2006/09/19 14:09 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
9・11の意味するもの
あのアメリカの同時多発テロから5年。アメリカでは追悼行事が営まれている。犠牲者には哀悼の意を捧げたい。

あの事件はなんだったのか。それを改めて考えている。

衝撃的な本を読んだ。ベンジャミン・フルフォード著『9・11テロ捏造 日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ』(徳間書店)という本である。あるサイトでこの本のことを知った。

9・11陰謀説というのは、以前耳にしたことはあったが、本気で考えようとは思わなかった。陰謀としてはあまりにも無理があるのではないかと思っていたからだ。しかし、この本を読んで、考え方が180度変わった。偶発的な「事件」として考える方が無理があるように思えてきた。

黒幕は、軍産複合体及び現政権の幹部、また、それとかかわりのある企業、ということである。これには残念ながら説得力はある。アメリカの軍産複合体の影響力の大きさというのは、相当なものであるようだ。ケネディ暗殺の黒幕とも言われている。軍事行動の発動で、経済効果の恩恵を受ける企業群がある。いわばアメリカにとっての巨大な「公共事業」なのだ。

軍事行動を起こすには、それなりの大義名分と敵が必要である。つまり、9・11が21世紀アメリカにとっての「真珠湾」だった、ということだ。

旧日本軍の真珠湾攻撃について、アメリカ当局が事前に察知していたことが、あちこちで言われ始めている。挑発や謀略によって戦争の口実を設けることは、いわばアメリカの「お家芸」なのだ。

かのビンラディン率いる「テロ集団」・アルカイダさえ、アフガニスタンにおける対ソ連ゲリラ支援のためにCIAが肝煎りで作った組織だという。ビンラディンとブッシュ家のつながりを示す指摘は他でもいくつかなされている。つまり、アメリカに「ファシスト」「共産主義者」「独裁者」などと作り出されてきた「敵」の延長上に、「テロリスト」が創出された、ということに他ならない。

9・11の結果、アメリカの軍事関連予算は急伸した。クリントン政権の軍事関連予算削減の「揺り戻し」と見る方が妥当だろう。

飛行機の衝突であれだけのビルは普通、倒壊しないらしい。倒壊した瞬間を写したコマ割り写真に、衝突と関係のないところから爆発を起こしているところが写っている。爆発物が事前にしかけられていたといわれている。その他不審な点を挙げると枚挙に暇ないので、詳細は本書に譲りたい。

また、9・11のみならず、ネオコンやアメリカ財閥の持つ優生思想が、有色人種対象の兵器開発を支えているという指摘も本書にはある。劣化ウラン弾の使用は端的なものではあるが、なんとSARSウイルスも米国製だという。アメリカと関係の深いイスラエルは、アラブ人対象の生物兵器開発を試みたこともあるという。ユダヤ人とアラブ人の遺伝構造が意外に近く、アラブ人の遺伝子に特定した生物兵器を作ることが困難だったとか。

どこまでその記事が信憑性があるかは、むろん分からない。しかし、荒唐無稽だと一笑に付すことの出来ないモノはたしかに残る。

先日、同時多発テロで家族を亡くした遺族のことを、NHKで特集している番組を見た。その遺族は、自分たちの犠牲でもって戦争を正当化して欲しくない、報復はしないでほしい、戦争はやめようと訴える運動をしてきた。ところが、その遺族に対する社会的な非難の嵐がものすごかったという。嫌がらせの電話や、不審人物が家に侵入してこようとしたこともあったという。家族の安全を守れないと思い、その人は結局その運動から離脱した。

9・11後、戦争に反対する高校生が学校を退学処分になるなどして、自由にモノが言える雰囲気ではなくなってきているという。あの「自由の国」アメリカで、だ。戦争に反対し、政府を批判しようものなら、「非国民」「愛国者ではない」「テロリストの味方」などのレッテルが貼られるという。これが現代民主主義社会の現実である。その本堂とも言うべきアメリカでこの状態である。

大手マスコミが支配されていることも有名である。当局はネットへの干渉も強めようとしている。「正しい情報」は自分で判断するしかないというのが現状だ。

テロに遭ったアメリカ人遺族が、米軍の空爆によって犠牲となったアフガニスタンの遺族のもとを番組の中で訪れている。家は破壊され、子どもを含めた家族が虐殺された。その米国人はアフガニスタンの遺族と抱き合って泣いていた。いったいなんのための戦争なのか、と。


軍産複合体とは言え、やはり人間のやることである。貴賎を問わず、自分のしたこと、考えたこと、感じたことはやがて自分に返ってくる。その責任はいかに壁を高くして安眠を貪っていたとしても免れられるものではあるまい。私の身近な世界で平和を実現していくこと。平和を念じて祈ること。思いを同じくしている人たちとつながっていくこと。今の私にはそれしか思い浮かばない。

また、マスコミに踊らされず、自分で情報を吟味し、取捨選択し、判断することを大切にしたい。短絡的で、安易な発想には決して陥らないようにしたい。なんでもいいから戦争を始めれば政府の支持率が上昇する。そんなアメリカ社会のようにはなりたくない。

9・11の意味するもの。それは自分の力に余る、とてつもなく大きな壁かもしれない。しかし私は、私自身の目を明らかにしていくことによって、澄んだ瞳で「その先」を見据えられるようにしたい。

そうでもしなければ、今まで、そして今も犠牲になっている仏さんたちが浮かばれないというものだ。一人の日本人として、かつての日本人の大量の犠牲者を「犬死」させたくはない。また、日本人によって犠牲になった人々の命をも。日々の修行しかありませんね。今の日本の平和には感謝して余りあるものがあるが、そこに胡坐をかいていてはいけないと自戒、自戒。


これは先日咲いた「月下美人」です。一晩だけしか咲かないんですよね…。すごく濃厚な香りがしました。透き通るような白い花弁に、なんか打たれるものがありました。誰の人の胸にも、こんな美しい花が宿っていることを信じたいですね。

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【2006/09/12 00:09 】 | 未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | page top↑
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