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村上春樹 『ねじまき鳥クロニクル⑤』
ついに村上さんも捕まってしまいましたね。
彼も敵が多かったということでしょうか。
水面下での動きを私が知る由もありませんが、村上さんの是非はともかくとして、日本もロシアのような警察国家になりつつあるのでしょうか。インサイダー取引なんてそれこそよくある話でしょう。彼らヒルズ族が追い落とされていくことで、利益を得たり守られたりする方々もいるのでしょう。一連のベンチャー社長の逮捕劇に、現在の日本が隠然たる格差社会になっていることを指摘した方がおられましたが、そういうこともあるのでしょうね。

かと言ってヒルズ族の方々の豪遊ぶりにも問題がなかったわけではないようなので、責めを負うべきところは他にもあったかと思います。まあ、それもそれこそ「氷山の一角」でしょうが…。

さて、村上さんの続きです。村上さんと言っても、こちらは春樹さんの方。偶然?社会での「勝ち組」の方々が話題になっているところですが、今日は物語の登場人物とリンクさせながら、感じたことを書いていきたいと思います。

クミコさんの兄、綿谷ノボル。オカダトオルさんが表の主役とすれば、彼は、この物語の影の主役です。彼は、父親の影響を強く受けて育っていくわけですが、彼の父親という人はいったいどういう人だったのでしょうか。

「彼女(クミコ―引用者註)の父親は役人だった。新潟県のあまり裕福とは言えない農家の次男坊だったのだが、奨学金をもらって東京大学を優秀な成績で卒業し、運輸省のエリート官僚になった。それだけなら僕だって立派なことだと思う。しかしそういった人物が往々にしてそうであるように、ひどくプライドが高く、独善的だった。命令することに馴れ、自分の属している世界の価値観をみじんも疑うところがなかった。彼にとってはヒエラルキーがすべてだった。自分より上の権威にはかんたんにかしこまったが、下のものを踏みつけることに対してはいささかの躊躇も感じなかった」(第1部 89~90ページ)

当然、僕ことオカダトオルと娘のクミコが結婚するなんていうことは到底認められなかったわけです。結婚するという話が出てから、父は、徹底的にオカダトオルの素性を調べ上げる。

「僕の家には良くも悪くも特筆するような家庭的背景はなかった。だからそんなことをしても、時間と費用の無駄だった。自分の先祖が江戸時代に何をしていたかなんて、そのときまで僕はまったく知らなかった。彼らの調査によれば僕の先祖には傾向的に僧侶か学者が多かった。教育程度は全体的に高かったけれど、現実的有用性には(つまり金を作る才能には)あまり恵まれていなかった」(同書90ページ)

このあたりは示唆的で、現実の価値(娑婆の価値)の世界を体現している綿谷父子と、理想の価値(彼岸の価値)の世界を体現しているオカダトオルとが、対照的な関係にあるわけです。当然、両者は対決するに至るのですが、それはまだ先の話になります。

オカダトオルさんが義父の綿谷氏の話を次のように語ります。

「人間はそもそも平等なんかに作られてはいない、と彼は言った。人間が平等であるというのは、学校で建前として教えられるだけのことであって、そんなものはただの寝言だ。日本という国は構造的には民主国家ではあるけれど、同時にそれは熾烈な弱肉強食の階級社会であり、エリートにならなければ、この国で生きている意味などほとんど何もない。ただひきうすの中でゆっくりとすりつぶされていくだけだ。だから人は一段でも上の梯子に上ろうとする。それはきわめて健全な欲望なのだ。人々がもしその欲望をなくしてしまったなら、この国は滅びるしかないだろう」(同書133~134ページ)

オカダトオルさんは、こういう考えの義父に対して反発をする。しかし、オカダさん自身、自分の生き方に自信があるわけではないのです。物語の中では、いわばニートですからね。

一方、クミコの母親はどういう人物だったのか。

「母親の方は東京の山の手で何の不足もなく育った高級官僚の娘で、夫の意見に対抗できるような意見も人格も持ちあわせてはいなかった。僕の見た限りでは、彼女は自分の目に見える範囲を越えた物事に対しては(実際には彼女はひどい近眼だったのだが)どのような意見も持っていなかった。それい以上の広い世界に対して自分の意見を持つ必要がある折りには、彼女はいつも夫の意見を借用した。あるいはそれだけなら、彼女は誰に迷惑をかけることもなかったかもしれない。しかし彼女の欠点は、そのようなタイプの女性が往々にしてそうであるように、どうしようもないほどの見栄っぱりであることだった。自分の価値観というものを持たないから、他人の尺度や視点を借りてこないことには自分の立っている位置がうまくつかめないのだ。その頭脳をしはいしているのは『自分が他人の目にどのように映るか』という、ただそれだけなのだ。そのようにして、彼女は夫の省内での地位と、息子の学歴だけしか目に入らない狭量で神経質な女になった。そしてその狭い視野に入ってこないものは、彼女にとっては何の意味も持たないものになってしまった」(同書134~135ページ)

こうなってくると、息子のノボルをどのように育ててきたのか、想像がつくと思います。

「彼女は息子に対して、最も有名な高校に行って、最も有名な大学に行くことを要求した。息子が一人の人間としてどのような幸せな少年時代を送り、その過程でどのような人生観を身につけていくかというようなことは、想像力の遥か枠外にあった。(中略)両親は綿谷ノボルが誰かの背後に甘んじることを決して許さなかった。クラスやら学校といった狭い場所で一番を取れないような人間が、どうしてもっと広い世界で一番を取れるのだ、と父親は言った。両親はいつも最高の家庭教師をつけ、息子の尻を叩きつづけた。優秀な成績を取れば、彼らはその褒美として息子が望むものを何でも勝って与えた。しかし人生における最も多感で傷つきやすい時期に、彼にはガールフレンドを作る暇もなく、友だちと羽目を外して遊ぶ余裕もなかった。一番でありつづけるために、その目的だけのために、あらゆる力を傾注しなくてはならなかったのだ。(中略)綿谷ノボルは彼女に対しても、また他の誰かに対しても、自分の気持ちを正直に打ち明けたりする人間ではなかった。でもそんな生活を好んでいたにせよいなかったにせよ、どのみち選択の余地はなかっただろう」(同書135~136ページ)

そして彼は有名私立校→東大経済学部と進み、卒業後は留学して、経済学者の道を進むわけです。

そういうエリートの義兄の著書をオカダさんが読んでも、難解でさっぱり分からない。ただ、面白いことに気がつくんです。

「しかし注意して彼の意見を聞き、書いたものを読むと、そこには一貫性というものが欠けていたことがよくわかった。彼は深い信念に裏づけされた世界観というものを持たなかった」(同書139ページ)
「いったいこの男は何なんだろうとそのときに僕は思った。この男の実体というのはいったいどこにあるのかと」(同書138ページ)


綿谷ノボルと向き合うと、オカダさんは言いようのない不快感に襲われるんです。
「僕が嫌だったのは綿谷ノボルという人間の顔そのものだった。僕がそのときに直観的に感じたのは、この男の顔は何か別のものに覆われているということだった。そこには何か間違ったものがある。これは本当の彼の顔ではない。僕はそう感じたのだ」(同書143~144ページ)

エリート志向の親のレールに乗り、「世間」の価値を体現していく綿谷ノボル。一方、世間のレールには乗れず、今で言うニートの状態で、自分の生き方を模索しているオカダトオル。この二人の緊張関係が、物語の主軸の一つとなっています。

それにしても、このようなエリート志向の強い親御さんって、けっこういるんですよね。確かに、この変転極まりない世の中で、安定して収入を得られ、地位も名誉もある仕事やステータスを求めるのは、分かるんです。いわば「勝ち組」になれっていう。近年は少子化なんていうことで、子どもが減って大切に育てられるのかと思いきや、私立校も生き残りのために進学実績に熱を入れているようで、エリート志向に拍車をかけている。

しかし、いくら有名大学に入って官僚になったり大企業に入ったりしたとしても、幸福になるかどうかというのは別問題だっていうことが、ここ何十年かで明らかになってきたはずなんです。

むしろ、子どもにエリート路線を敷くことのデメリットの方が目立つようになってきている。1980年代くらいから、親の過重な期待が、子どもの側からの尊属殺人を引き起こしている例が顕著になってきます。本田勝一さんの『子供たちの復讐』という本は、その手のルポとしてはもはや古典と言っていいかもしれません。「親殺し」は極端だったとしても、親の過重な期待から子どもが潰されていく話がわんさと出てくるようになるんです。なんのために大学に行くのでしょうか。それも世間的に言う「いい大学」に。目標をもって勉強することはいいことだとは思います。でも、なんの目的で、なにを得たくて…というのが気になるところ。

村上(世彰)さんや堀江さんは日本の最高学府を出ています。他にも東大を出て何人もの方が官僚や企業の幹部になられています。相当な勉強をしたと思います。しかし、今の日本の状況を見ていると、一体どんな勉強をしてきたのか、と彼らに聞いてみたい気がします。

今日、たまたま渋谷にある「塙保己一記念史料館」というところに立ち寄ったんです。塙保己一という人については、それこそ受験勉強でその名前を著書を知っているくらいで、詳しいことは知りませんでした。

史料館で知った、彼の一生。
1746年、埼玉県の農家に生まれる。江戸時代の人ですね。
7歳のときに失明して全盲になる。
12歳のときに母を亡くす。
15歳のときに江戸に出て、按摩や針の勉強をする。しかし、彼はなかなか上達しない。ヘマばかりしている。今で言う「落ちこぼれ」だったんですね。
しかし、記憶力だけは抜群に良かった。学問に興味を持ち始めた。按摩の師匠が偉いんです。そんなゴクツブシのような彼のために、学問を習わせてあげる。破格の待遇と言っていいでしょう。

やがて彼は頭角を現し、散逸していく書物を編纂する事業に目覚め、全盲にもかかわらず全国を行脚して書物を集める。以来41年かけて『群書類従』全670巻を編纂。製版した版木は実に17,000枚以上。それがそのまま残っているんです。
当然、これだけの事業をやるためには費用がかかる。時の幕府や町人たちが援助しているんです。塙さんの人徳もあったでしょうが、それにしても日本っていうのは、こういうセンスのあるところがすごいところだと思います。

史料館の方が東京大空襲の戦火の最中に、命を賭けて版木や書物を守っているんです。版木の収まった棚の列を見て、感慨深いものがありました。

歴史というのは、そういう先人たちの生き方を学んだり、失敗や過ちから現代の教訓を読み取るべきものであるはずです。それが単なる暗記科目と堕し、暗記力の勝るものが「勝ち組」になっていくという、悲しむべき実態があります。

いったい、なんの目的で、だれに勝っていくというのでしょうか。信頼や愛情、心の平安に「勝る」ものなどあるのでしょうか。

「戦場において百万人の敵に勝つとも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、実に不敗の勝利者である」(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』229ページ/岩波文庫)

およそ2500年前の言葉が、今こうして私の手元にあることの不思議さと偉大さを感じないわけにはいきません。私の机上にこの本があるためには、いったいどれだけの人の手を経てきたことでしょうか。先人たちの努力に感謝せずにはいられません。

時の権力者の言葉は忘れ去られていきます。しかし風化しないで生き残っていく言葉があります。やがては「勝ち組」という言葉も廃れていくことでしょう。
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【2006/06/05 22:47 】 | 未分類 | コメント(5) | トラックバック(0) | page top↑
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