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ライブドア事件に思う
ついに堀江さんも逮捕されましたね。

ライブドア事件についてはさまざまな憶測がありますが、山川健一さんのブログで紹介されていた勝谷誠彦さんのブログ(http://www.diary.ne.jp/user/31174/?)によると、やはり官邸も黒幕の一つのようで…。あいかわらず政財界というのは魑魅魍魎(ちみもうりょう)の蠢(うごめ)いている世界のようですね。落ちに落ちているライブドア関連の株を、今後誰が買っていくのかということも気になるところです。

連日の堀江バッシングが続いていますが、勝谷さんの言うように、当局としては偽装建築問題が目立たなくなることを期待しているのかもしれませんね。

堀江バッシングに便乗するわけではないのですが。
彼の著書の中で「愛も金で買える」という下りがよくバッシングに利用されています。

私はその通りだと思います。ただし、正確な言葉ではないでしょう。
正確には、「金で買える愛もある」ということ。当然、「お金では買えない愛」もあるわけで。『千と千尋~』でカオナシがお金で歓心を買おうとして果たせないシーンがありましたが、その場面を思い出しました。

ホリエモン効果?で経済学部の志望が増えているということですが、なんだかそれもね…。起業家を目指すことはいいと思うのですが、お金をたくさん得て、その次にどうするのかな、と。動機や目的が気になるところです。

今回の事件は、堀江さん自身にとってはよかったのではないかと思います。これを機会に自分の価値観や生き方を考え直すことができるかもしれませんので。堀江さんを叩きに叩いているエラいオジサマたちの方が、よっぽど不幸だと思います。堀江さんというスケープゴートの創出でとりあえず一時的には安泰かもしれませんが、その報いのためにあとどれくらい転生を繰り返すことになるのでしょうか。しかも「やられる側」としての人生を。

過ちや失敗を犯したとしても、それをチャンスにしていけることの方がよっぽど幸せなことだと思います。今生での毀誉褒貶(きよほうへん)など、小さいものだと思います。その実に、なにを取るか、ということでしょうから。


堀江さんの事件をいかに社会(の人々)が受け止め、教訓にするか。

『男たちの大和』ではありませんが、戦後日本の課題である「戦争の総括」ということにもなると思いますが、なにが大切な価値なのか。生き方なのか。そのことを考えさせてくれているということでは、堀江さんの事件にも、「想定外」の功徳があるのかもしれません。
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【2006/01/25 13:38 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
大寒!
暦の上では大寒ということで。本当に寒いですね…

昨日のテレビではモスクワでマイナス30数度とか。どんな世界なんでしょうね…?


PCまだ復旧せず。メールいただいている方、返事遅れて申し訳ありません。


ライブドアの事件で連日報道は大賑いですね。
もともとホリエモンは好きでも嫌いでもありませんが、ねらい打ちされた感がありますね。敵の多い方のようですし。お気の毒さまです。
作家の山川健一さんのブログでも、今回の事件についてウラがありそうなことを書いていました。

http://ameblo.jp/yamaken/

メディアというものは、本当にうさんくさいものです。
アメリカはほとんど完全に支配されているようですね。権力のある方々から。日本もそれに近いものがあるようです。かなりマイナーなメディアや、ネットによる個人発信の情報など、信頼できるツールというのはかなり絞られるでしょう。メディア・リデラシーは現代人にとって必須ですね。

ともあれ、ライブドアは存亡の危機に立たされるでしょうが、これをいい機会にして、再出発してほしいものです。ベンチャーなので、個人的には応援していきたいです。ただ、もう一つ踏み込んで、なんのためにお金を儲けるのか、なにに使うのか、よく考えてほしいなと思います。
せっかくお金集めが上手なのですから、そのお金を有効に使ってほしいです。資産が何十億あるか知りませんが、それだけのお金があればどれだけのことができるでしょう? 単にさらなるお金儲けのためだけの手段だったとしたら、そんなもったいないことはないですよね。

多くの人から感謝されるようなお金の使い方があると思います。まあ、そこに価値を見いだすかどうかという問題はありますが…

堀江さんは私よりも一つくらい若い方のようですね。
再起に向けて、エールを送りたいと思います。
【2006/01/20 13:56 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『男たちの大和』を見てきました
昨日の夜、卒業生と映画を見てきました。

それは、『男たちの大和』。軍事モノがお互い好きなので…(笑)

主な俳優は反町隆史、中村獅童、仲代達矢、渡哲也、鈴木京香など。
戦艦大和の乗組員や家族、恋人たちの悲哀やはかなさ、純粋さ、友情などを描いた作品です。

軍事モノの映画と言っても、ハリウッドのノリだとアメリカ=正義の味方、ドイツ=悪の権化みたいな図式のものが多くて、正直食傷気味でした。そういう意味では慎重に見ていたのですが、なかなかどうしてよくできた映画でした。

あの戦争をどうとらえるのか、というのは非常に難しい問題です。
教科書問題では常に争点となりますね。
あの戦争を「生き残った」人たち-とくに兵士たち-にとっては、「生き残ってしまった」という罪悪感とか自己嫌悪とかがあるのはよく耳にする話です。日本人にとって、あの戦争をどう総括していくのかというのは、これからも大きな課題になると思います。

軍事モノが好きとは言え、その是非は言うまでもありません。悲惨、悲劇、暴行、蛮行…。集団の殺し合いと狂気に他なりません。人類最大の愚行と言っていいでしょう。

自分は死ぬだろう、と覚悟して大和に乗り込んでいく兵士たち。
自分の死はなんのためなのか。それが映画の一つの主軸をなしていたテーマでした。
日本を守ろうとして守れなかった。生き残ってしまった。あのとき死ねなかった…。生き残る方がよっぽどつらい。

戦闘は悲惨ですが、一方で、米軍という敵に向かって仲間同士団結して助け合い、戦って死ねるというのは、幸せなことなのかもしれないとも思いました。不謹慎ですが。戦友との友情というのは、私の想像をはるかに凌駕しています。

生き残った兵士たちの孤独や挫折感というのは、相当なものでしょう。

その卒業生とも話したのですが、あの時代、モノはなかったかもしれないけれども、共通の敵がいて、一緒に戦える仲間がいた、一体感があったというのは、現代に生きるわれわれにはもはや味わえない感覚なのではないでしょうか。スポーツなどでは擬似的な体験が味わえるかもしれませんが。

現代では、モノは豊かにあるけれども、目に見える敵もなく、味方もいないという孤独。だれも信ずることができず、頼るべき人もいないという不安。

社会や国は、共有すべき神話や規範、価値を押しつけてくれなくてもいい。また、それを公でやろうとすれば必ず破綻を来すだろう。
一人一人が自分の大切なものを見出していく。自分だけの物語を構築していく。そういう重い課題を個々人が背負わされているのではないでしょうか。

この日本で、私は日本人としてなにができるのか。どんな役に立つことができるのか。
それを考えて実践していくことが、戦艦大和と共に海に沈んで行った方々への、弔鐘となり挽歌となるのではないでしょうか。

                       合掌
【2006/01/17 15:24 】 | 映画日記 | コメント(2) | トラックバック(1) | page top↑
怨憎会苦(おんぞうえく)
PC復旧せず、相変わらずコソコソと職場で更新しています(笑)

朝、すし詰めの電車の中で、例の『江原啓之への質問状』を読んでいて、ふと納得した一節。


「江原:(人間関係で)嫌だなと思う理由は二つあって、(中略)一つは自分と似ている嫌な部分を相手の中に見た場合。そしてもう一つは自分のトラウマを突く人だという場合もあるんです」
「江原:(中略)どうして膿出し針を持った人と出会ったのかといえば、嫌な自分と向き合って悔い改める必要があるからなんですよ」(160~161ページ)


ふーん、なるほど。生まれてこのかた、人間関係で苦労しなかったことはないですねえ。どうしてこんなに苦しいんだろう…。「怨憎会苦」って言うんですかね。

でも、確かに自分の問題だということは分かります。相手の問題というより、自分の受け止め方、接し方の問題。

とはいえ、「自分の嫌な部分」を映し出す相手、「膿出し針を持った人」とつきあっていくのって、つらいですよね~。なにがつらいって、自分のウィークポイントと向き合わされる苦痛っていうのは相当なものですよね。

厄介なことは、向き合いたくないから一時的に避難できたとしても、結局は逃げられないということ。いつかは向き合わなくてはならない。それならば、腹を括って向き合っていくしかありません。身近な人間関係というのは、お互いに傷つけ合いつつ一緒に生きていくしかないのですね。まあ、当たり前のことですが。

だれだって傷つけたくないけど傷つけてしまうし、傷つきたくないけど傷ついてしまう。難しいものですね。

そのことで離ればなれになっていってしまう関係もありますが、それでもつきあっていく、いこうとする関係もあるわけで。そこに成長も友情も成り立つものかもしれません。

どんな傷でもやがては癒えていき、糧にしていけるのでしょうね。

そのプロセスは遅々としたものかもしれませんが、時が経っていくことのありがたさを思わずにはいられません。


どうか、許し難きを許し、愛し難きを愛せる寛い心を持てますように。
【2006/01/13 13:54 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
寒い…
なんていう寒さなんでしょう。

自宅のPCはまだ復旧できそうにもなく、職場のPCで昼休みを利用して更新しています。どうにも落ち着きませんね(笑)

年末の江原さんの番組を見逃してしまい、仕方なく最近出た本を朝の電車の中で読んでいます。
『江原啓之への質問状』。徳間書店から出ています。丸山さんという方がインタビュー形式でまとめた本で、世俗的な質問を投げかけているので分かりやすいと言えば分かりやすいのですが、ちょっと失礼では…なんてたまに不快になります。まあ、あえてそういう聞き方をしているところもあるのでしょうけれども。

PCが復旧し次第、「生きていく意味や目的」みたいなことを考えていこうと思っているのですが。


ところで…

最近の新聞を読んでいると、所得格差の拡大、虐待の増加、管理社会の進行などなど、なんだか海の向こうの「自由の国」に似てきたな…という感じですね。
田中宇(たなか・さかい/国際政治研究家)さんのサイトなどを見ていると、「テロ対策」「対テロ戦争」の名の下に、国家がいいように統制を強めていこうとしていることが分かります。9・11が国家の謀略だと言われても十分にうなずけます。

人間にとっての「自由」とは、いったい何でしょうか。
「自由な社会」というのは、どういう社会なのでしょうか。

おいおいに考えていきたいです。
【2006/01/06 13:18 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(1) | page top↑
新年あけましておめでとうございます
本当は元旦の日に更新するつもりだったのですが、昨年末にPCが壊れてしまい、更新ができない状態です。復旧の目処がまだ立たない状態で、更新が遅れると思いますが、よろしくお願いいたします。

とりいそぎご挨拶まで
【2006/01/05 12:31 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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